一昨日(3月28日)アップされた連載コラム№157をお届けします。
農業・畜産業の工業化、遺伝子組み換え農作物・家畜の光と影。 | ゴム報知新聞NEXT | ゴム業界の専門紙 (gomuhouchi.com) 前回は「農業と漁業の工業化」が生み出す「食品ロス」について考えましたが、たとえば、「出された食事は残さず食べる(もったいない精神)」「食材は余すところなく利用する」「必要とされる(需要)量以上に作りすぎない」などの自助努力には限界があります。今回のコラムを書くにあたって、私の学生時代、当時は最先端の科目であった「マーケティング」で学んだ「美味しいステーキが焼ける肉汁のシズル(sizzle)で、顧客の食欲に火をつける」を思い出しました。 「農業(酪農も含め)と漁業の工業化」は、新しい文明(機械化・大量生産化→コストダウン)の力です。かつての「食べるだけ(量)作って、余ったら分ける(売る)」という地域に根差した文化は、すでに見向きもされない過去のものとなっています。強力な文明(大規模農業企業)によって安価な「食材」が出回るようになると、細腕の文化(小規模個人農家)が作る「食材」は相対的に高価なものとなり、どんどん市場競争力を失っていきました。これは近くに大規模スーパーマーケットが林立すると、地域の個人商店がどんどん潰れて、シャッター商店街となる――この現象にも似たものがあります。 仏教の言葉に「小欲知足」があります。これは「知足」(足るを知る)、つまり必要最小限の欲求でじゅうぶん満足するという精神「文化」が土台にあってはじめて、「小欲」(これ以上欲しがらない)、ありがとうございます、という生き方が可能になるのではないでしょうか。 今回とり上げたrBST(遺伝子組み換え・牛成長ホルモン)、遺伝子組み換え技術によって二世代目の発芽を阻害する種子の不稔技術(バーミネーター)、ジャガイモの発芽抑制に放射線放射などのトピックは、かなり以前から話題になっていた問題の数々です。
私はコラムの末尾をつぎの一文で締めくくりました。(下線、太字は原山)
その昔、「せまい日本 そんなに急いで どこへ行く」という交通安全標語(1973年)があった。いま私たちに求められているのは、温室効果ガスを削減しつつ「人間に都合のよい自然に作り変える」文明の利器ではなくて、「人間も自然の一部であるという意識をとり戻す」文化への回帰ではないだろうか。
詳細は☞ ダウンロード - 157.pdf
お時間のあるときにお読みください。 ☆原山建郎☆
*写真は本文と関係ありません。
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