出版ジャーナリスト 原山建郎氏の連載です。
前回のコラム№161では、「キュア・ケアする側(医師、看護師など医療者)」から「キュア・ケアされる側(患者とその家族)」に向って、ほとんど一方通行のように施されてきたターミナル(終末期)の臨床を、じつは「キュア・ケアする側・される側」という二元論で考えるのではなく、いわば「形のない家族」 における「ターミナル・ヒーリング(終末期患者を中心に、それをとりまく/家族/医師/看護師をも含めた、全員の人生まるごとの癒し)」ととらえられないだろうか、について書きました。
今回のコラムは、野の花診療所院長・徳永医師の著書(23冊)を読みながら、徳永進医師が実践する「ホスピスケア」の根底にあるものを、さぐってみました。
キーワードは「ラポール」「自然体」「ホスピスケア」「シーツの道(診療所のラウンジで挙げた結婚式)」です。
連載「つたえること・つたわるもの」№162
ラポールをもてる人、自然体の良医、
徳永進さんのホスピスケア。
出版ジャーナリスト 原山建郎
先週(6 月9 日)の文教大学(湘南校舎)オー プン・ユニバーシティ『遠藤周作の遺言――「心 あたたかな病院」がほしい その1』第 4 回講 座では、何度もの手術と長期入院を余儀なくさ れた作家、遠藤さんが『中央公論』(1982 年 7 月号)に寄稿した『日本の「良医」に訴える』の なかから、次の六項目をとり上げた。
1.医師は診察の折、患者の病気の背景にはその人生を考えてほしい
2.患者は、普通の心理状態にないことを知ってほしい
3.無意味な屈辱や苦痛を患者に与えてくださるな
4.入院している患者の、夜の心理をもっと考 慮してほしい
5.心療科の医師を、医療スタッフに加えてほしい
6. 患者の家族の宿泊所や休憩所がほしい
これらの訴えは、患者のプロを自認する遠藤 さんの実体験から出たものだが、それはキュア (治療)やケア(看護・介護)される側(患者と その家族)から、患者をキュア・ケアする側(医師や看護師をはじめとする病院スタッフ)に向けられた「してほしい」という「願い(要望)」の視点である。そしてたとえば、患者をキュア・ケアする側(医師や看護師、病院)からの視点については、やはり読売新聞夕刊(1982年4月1日号)に寄稿した『患者からのささやかな願い』のなかで、ある医師から聞いたことばを紹介している。
詳細は☞ ダウンロード - 162.pdf
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