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第19回<「がんを悪化させない試み」その後> 尾﨑 雄

 今年、読んで感銘を受けた本は3冊。J-S-ミルの『自由論』(岩波文庫)、山崎章郎著『ステージ4の緩和ケア医が実践する がんを悪化させない試み』(新潮選書)と小川英爾編著『小川なぎさの最期 10か月の記録 先に行って待っているから、ゆっくり来てね』(非売品)である。6月発刊の新刊書は終末期のがん患者にとって「自由」とはなにかを問う必読書だ。


<無視された「がん共存療法」>  『がんを悪化させない試み…』は大腸がんが肺に転移した医師が、自分自身を実験台にして編み出した「がん共存療法」を淡々と描く。がん細胞の増殖に必要な栄養源である糖質を制限する食事と少量の抗がん剤などの併用などによって固形がんの増大・悪化を抑える独特の医療である。狙いは、過酷な副作用を強いる抗がん剤治療を行わずにQOLを維持・改善して、その人らしい人生を全うすること。著者の山崎医師にとって、それはライフワークである在宅ホスピスを最期まで続けながら、「がん共存療法」を社会に広げるという社会責任を果たすことである。  刮目すべき試みであるにもかかわらず新聞は、この本を無視した。私が知る限り、書評欄にも健康・医療のページにも紹介されていない。ある全国紙の医療担当者は「取り扱いが難しい本」だと漏らす。がん治療に関わってきた市民の一人は、山崎章郎氏のような影響力を持つ医師が一部の怪しげな代替療法や民間療法を容認するかのような本を出すことは歓迎できない、と語った。医師の多くは、いわゆる「エビデンスがない」という理由で本書に触れたがらない。


<医師の目線よりも患者の目線で>  むろん本書の真価を見抜く人もいる。公益財団法人医療科学研究所の江利川毅理事長はそのひとり。「限られた時間を生きる末期がん患者にとって最善とはなにか、そのことを、医師の目線ではなく、患者の目線や心を大切にしている。このような療法に取り組むがん患者を医療保険でもっと支えられるのではないか」(『社会保険旬報』8月1日号)と指摘。さりげなく標準治療のありかたについて問題提起をした。  がんは日本人の2人に1人がかかり、死因の3分の1はがんだ。江利川氏の主張は専門誌にとどめず、一般市民が読む新聞で広く紹介すべきだろう。「がん共存療法」の臨床試験はまもなく始まるが、その結果が出るまで本書を棚上げして置くのか。『先に行って待っているから、ゆっくり来てね』を出版した小川英爾さんは、過酷な抗がん剤治療を中止して穏やかな死を選んだ妻を自宅で看取った。末期がんの患者にとっての最善とは何かをトコトン考えた末である。  『自由論』によれば、「自由」とは他人の利益を損なわずに自らの幸福を追求することである。一部医師のパターナリズムや医薬品業界の思惑を忖度するような事なかれ主義がジャーナリズムにも及んでいるとすれば、それは医療を受ける市民の自由をないがしろにするように思えてならない。

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