第20回 <形のない家族 第18回在宅医療推進フォーラムで> 尾﨑 雄 Ozaki Takeshi(「老・病・死を考える会プラス」世話人 、元日経ウーマン編集長
「形のない家族」。目前に迫る「ファミレス社会」への備えは?
11月23日、小雨に濡れる東京ビッグサイトで第18回在宅在宅医療推進フォーラムが開催された。午前10時から夕刻まで、在宅医療の最前線で働く医師らによって貴重な試みが披露されたのだが、その終盤に到って私はショックを受けた。「朝から一日色々なことが語られたけれど『家族』という言葉が出てこなかった」。シンポジウム登壇者の一人、東近江市永源寺診療所の花戸貴司所長が漏らした一言である。
自宅で食事を作ってくれる家族がいない独居老人でも食事をすることができる時代になった。コンビニエンス・ストアが普及し、「個食」パッケージのコンビニ食品のお陰で家族なしでも生活できる。それが本来の食事や暮らしなのかどうかはさておき、コンビニ、ICTさらにロボットの発達によって、理論的には寝たきり老人でも独居生活が可能だ。訪問者の誰何と解錠・施錠をベッド内で操作するシステムがあれば、訪問医療の専門職らを安全に受け入れることができる。国立がんセンター名誉総長の垣添忠生さん(81歳)は奥さんに先立たれて独り暮らしだが、寝たきりになっても自宅で看取られたいと語っている。
<コンビニ、ICT、ロボットが家族に代わる>
コンビニが一人暮らし生活に重宝な品揃えをさらに豊かにし、住宅ICT・ロボットの実装がいちだんと進めば、家族なしに暮らせる時代も夢ではない。だとすれば、虚弱高齢者のために家族が果たすべき役割っていったい何だろう? 花戸医師の言葉を借りれば「意思決定支援くらい」である。たとえば、ACP(アドバンスド・ケア・プラニング)のための「人生会議」に当事者の介添人として参加するということかもしれない。ただ、任意後見制度の使い勝手が良くなれば家族もいらなくて済む。
佐久総合病院を辞めて石巻市に移住した長純一医師は、東日本大震災の被災地にホンモノの地域包括ケアを創ろうと奮闘したが、夢破れてがんに斃れた。なくなるまでの姿を赤裸々に報じたNHKのドキュメンタリー番組を見た。川村雄次ディレクターによると、長医師は「形のない家族」に拘っていたそうだ。いまとなっては、それが何を意味するのか本人に確かめる術はない。ただ、在宅で看取られるまで長医師を支えるにあたって大きな力になったのは、近隣・地域の人々だったそうである。
<絵に描いた餅ではない地域包括ケアはどこに>
「コロナ」によって少子高齢化の勢いは強まるばかり。日本の家族の多くは血縁が薄れ、途絶えていく。独居高齢者や要介護の老老カップルを支えるのは誰か? 介護保険制度とそれに則った専門職だけでは手が回るはずがない。近所、地域の人々の出番である。つまり、絵に描いた餅でない本当の地域包括ケア作りである。それを東日本大震災の被災地に実現しようとした長医師は力尽きた。合掌
高齢社会をよくする女性の会の樋口恵子さんが「ファミレス社会」の到来を訴えたのはおよそ5年前。そのからコンビニ、ICTとロボットの進化は目覚ましい。それに比べて在宅医療の推進と地域包括ケアの整備は後れを取っているように思えてならない。花戸氏が「家族」に託して主張したかったことはこれである。
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