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「洗心シニア食堂」の試み

  • 15 分前
  • 読了時間: 3分

 【さらに動き出したメッセンジャーナースからのメール】4月もあっという間に過ぎております。NPOでは、シニア食堂として歩みだしました。牛歩ではありますが、 進めて参ります。


 「洗心シニア食堂」試みは、地域住民が共に、等身大の言葉で語り合う、コミュニティの場を目指しています。ワイワイとみんなで準備して、みんなで後片付けします。


 第1回目となった今回は、医師である福永先生と、看護師の徳永さんの語りがありました。食事が運ばれる前のひととき、お二人から語られたのは、医療の最前線や離島での経験に裏打ちされた「いのちの物語」でした。専門的な知見を分かち合いながら、その豊かな時間が、参加者一人ひとりにとって「よく生きること」を再確認する大切な第一歩となりました。


福永先生の語り

<死を身近に捉え、今を懸命に生きる>


 死を語ることは、決して不吉なことではなく、むしろ「最期まで自分らしくどう生きるか」を明確にする、極めて前向きな営みです。福永先生は、長年の医療現場での経験から、死を日常の会話の中でオープンに語ることの豊かさを説かれました。


徳永博子看護師の諏訪之瀬島での経験


 続いて、メッセンジャーナース徳永さんから、トカラ列島の諏訪之瀬島での2週間にわたる看護活動の報告がありました。


離島医療の現実と絆



 諏訪之瀬島は、今も御岳(おたけ)が噴煙を上げ続ける火山島です。道路には桜島の灰のような黒い灰が降り積もり、空気にはガスの匂いが混じる厳しい環境の中、87名の人々が暮らしています。


 この島には、かつて「ヒッピー」と呼ばれた自由な若者たちが移り住んだ歴史があります。徳永さんが出会った80代から90代の女性も、かつて恋人を追って島へ渡るため、鹿児島市内の喫茶店で懸命にアルバイトをして旅費を貯めたといいます。そんな個性豊かな人々が、医師のいない診療所を頼りに寄り添って生きています。


 今回の派遣は、島の看護師が急病で手術が必要になったための緊急支援でした。医療の空白を作らないため、徳永さんは「自分が行かなければ」と即座に駆けつけたと。離島の課題を自分事として捉えるその姿勢は、地域医療の原点ともいえるものです。


「食」でつながる遠くの島


 この日の献立には、十島村の特産品である「大名筍(ダイミョウダケ)」が入ったお味噌汁が並びました。厳しい自然の中で育まれた旬の味覚を分かち合うことで、参加者は遠く離れた島の暮らしや人々に想いを馳せ、地域を超えた絆を実感することができました。


 徳永さんは、次は平島(たいらじま)への派遣が決まっていると語ります。支援の輪が広がり、医療の手が途切れないことへの願いを込めて、報告を締めくくりました。


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