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NPO に拘った酒井医師のケア論(2)

19 時間前
読了時間: 9分

 酒井忠昭先生の 「NPO に拘った酒井医師のケア論」、その2です。


 私たち活動の分野での「ケア」「エッセンシャルワーク」を取り上げます。まず、トロントとベニレス・フィッシャーは次のようにケアを定義しました。これは学術の専門分野を超えて、普遍的で人類的な内容に言及していて、社会の原理に繋がるとさえいえると思います。「もっとも一般的な意味において、ケアは人類的な活動であり、私たちがこの世界で、できるかぎり善く生きるために、この世界を維持し、継続させ、そして修復するためになす、全ての活動を含んでいる。世界とはわたしたちの身体、私たち自身、そして環境のことであり、生命を維持するための複雑な網の目へと、私たちが編みこもうとする、あらゆるものを含んでいる」


 ケアの政治を捉え直すためには、いわば大文字の政治、つまり国の政治と小文字の政治、日常の政治的行動への視点が必要です。近代民主主義の祖とよばれるジャン・ジャック・ルソーを持ち出せば、原点に「私たち一人ひとりは生まれながらにして自由である」という理念があり、「あらゆる者に関わることは、それに関わる全てのひとが、その決定に関わる」とされ、方法は代議員による議論と熟議に集約されています。しかし世界の現実は妥当な代議制や熟議は行われないばかりか、制度を逸脱し、理念は形骸化し、富の寡占、格差の拡大、難民の発生、戦争など国際危機に至っています。つまり、大文字の政治からケアに至るのは困難とするしかなく、別の道を探らなければなりません。つまり「ケア」へのアプローチは政策としてではなく、これまでの誤り(後述する家父長制が代表的)を個々に、草の根的に自覚、反省することから始まると思います。その点に関して、世界の各地ではさまざまなボトムアップの活動が芽生えていて、ことに南欧、南米で盛んな市民活動(ミュニシパル活動)は数億人の規模に達しているといわれます。活動はコモンを舞台にしますが、ケアという観点を意識して進めることが求められます。


 「ケア」の訳語をみると、心づかい、関心を向ける、世話をする、共感するなどの意味があります。ケアには一つに纏められる訳語がありませんが、前置詞や動詞を伴って内容が示されます。整理すると4つに分けられます。まず、care about で「関心を向ける」、必要なニーズを見極めることです。第2にはtaking care of「ニーズに対処するための責任を引受ける」の局面があります。第3はcare giving 「実際にケアを提供する」ことになります。第4にcare receivingつまりニーズが満たされる必要があります。これで一連の活動は終了したように見えますが、再検討が必要なことがケア活動の特徴です。再検討では新しいニーズを認めることが多くニーズは途絶えることがないとも言えます。


 また、ニーズに対する応答で、複雑な局面に遭遇することがあります。相手の話を聞いても求めていることが理解できなくて、辛抱しきれなくなることもあります。こんなとき分った気になるのではなく、不確かさや疑いの中で分からないままに耐える能力が求められ、ネガティブケイパビリティといい対話の重要な要素と考えられています(英国の詩人ジョン・キーツが提唱し、帚木蓬生が紹介した)。


 「ケア」の概念は、フランスでは政治の現場で議論されているといいますが、日本社会ではまだ浸透しているとはいえません。今回のコロナ感染症禍は、公助、互助を必要としている、つまり、広い意味で「ケア」を必要としている多くの人を浮かび上がらせました。これにはきわめて多数のエッセンシャルワーカーが関与します。彼らのケアの現場は医療、介護、教育ですが、生活に必需な食料、水、エネルギーの生産現場にもいます。彼らは「お互いさま」の心でケアの提供者であり受け手でもあります。「受け手でもある」の意味は、ケアの現場でケアを与える人が、与えながらケアされていると実感する反転現象をさしています。繰り返しますが、私はこの反転現象をふくめて、これまで社会の表舞台で議論されてこなかった「いわば価値としてのケア、あるいはケアの倫理は、今の行き詰まった社会状況を変えてゆく原動力になると信じている(品川哲彦 正義と堺を接するもの-責任という原理とケアの原理 ナカニシヤ出版 2007)」という言説に首肯します。言い換えると、人は人と関係を結んで初めて人の存在意義が生まれ、社会が成立します。結ばれる関係の中核に「ケア」があり、何の条件もなしに尊重する関係が維持されとき社会が成立し、安定するのだと思います。


 ケアの対象は仲間、病気や欠陥を抱える弱い立場の人達、さまざまなマイノリティ、子供たちでしょう。今や、彼らは人口の過半を占め、80%位ではないかと推定します。裏を返せば現今の富の寡占の結果で過半の人々が弱い立場を占めるようになりました。


 欠陥を抱えたり、マイノリティの人々はときに、他者の受け入れを妨げるほどの状態を示すことがあります。たとえば、高度な障害があるなど。私たちは現在ケアを提供する立場であったとしても、別の場面では必ずケアを受ける立場になります。したがって、いま、ある人がケアやサポートを必要としている場合には率直にケア、サポートを遂行することが、相互扶助です。


 相互扶助としての「ケア」が普遍的な価値として社会の表面に登場し、社会のステークホルダー全員に評価され、生活の中核に位置するためには、私的な活動をこえて政治的な意味が必要になります。20世紀の後半に至るまで、ケアは社会の公か私、あるいは自律か依存かといった二元論的な政治理論に囚われていて、これが権力や特権を巡る不平等をいかに維持し、ケアに携わる人々をいかに貶めてきたかを知らなければなりません。フェミニズムはこれらを糾弾してきましたが、永く家父長制度に浸りきっていた階層は、自らは家族を経済的に支えている、自分には向いていない、保護しているなどを口実にしてケアを忌避してきました。保護は政治的に昂じて軍事的な役割にまで及んでいます。しかし軍事が民主的な倫理とかけ離れた行為であることは言うまでもありません。ケアの実践から離れることの免罪符が、いかに具体的な他者への配慮を欠いた無責任な活動に及んでいるかが分かります。それは、これまでの政治学ですが、具体的にみれば貨幣制度になんの疑問をもたない資本主義経済によりかかる人々(資本家も非資本家も)が陥っている陥穽です。世界の終わりを想像するより資本主義の終わりを想像するほうが難しい、といわれれることがありますが、気候の崩壊が現実になりつつあり、資本主義があまりにも醜い実態を露呈するとき、ケアの倫理がケアを私的領域から離れて、民主主義の新しい視点から、政治を改変する可能性があることに託すほかないと思います。


 相互扶助、ケアと言い換えてもよいと思いますが、その舞台は「コモン」です。これについては他稿で触れましたが、再度略述します。「コモン」は社会経済学者の宇沢弘文氏の「社会的共通資本」の意味するところで、すでに前世紀からの研究であり、同名の著書(2000年岩波新書)には、海洋、森林、土壌などの自然環境、水道、電力などの社会的インフラ、教育、医療、金融などの制度的資本に分類して論じています。また、10年以上前、東大医療政策人材養成講座=医療基本法プロジェクトの中で「医療は社会の共有財産」と規定して議論を進めましたが、強く共感したところでした。


 斎藤幸平氏の説明では「コモン」とは社会的に人々に共有され、管理されるべき富のことを指します。これはアメリカ型新自由主義とソ連型国有化の両方に対峙する「第三の道」を切り拓く鍵だといっていいでしょう。つまり市場原理主義のように、あらゆるものを商品化するのでもなく、かといってソ連型社会主義のようにあらゆるものの国有化を目指すものでもない。第三の道としての「コモン」は水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財とし、自分たちで民主主義的に管理することを目指します。


 「コモン」は専門家任せではなく、市民が民主的、水平的に共同管理することを重視します。最終的にはこの領域を拡張することで、資本主義を超克することを目指します。説明はともかく、これが現実的かどうかが大きな問題です。詳細は省きますが、斎藤氏の著書では世界で3億人以上の人びとが「コモンの再生」に携わっているといいます。


 「アソシエーション」はコモンを舞台にして活動する組織の意味でしょう。私たちのNPO活動でも活動の実態を表現することに困難を感じてきました。上記の「コモン」を実現している状態あるいは主体を何といったらいいのか。協会といっている場合もありますが、一定の目的をもって組織された会との意味ではありますが、「コモン」の意味は希薄です。地域共同体、協同組合、何がコモンの対象になっているかのよって公共住宅、公共医療などの言葉を当てはめることがあります。従事する人の多くはエッセンシャルワーカーです。新しい概念の包括的な述語として「アソシエーション」が普及するとよい、といった人がいました。この述語はもっとも普及していない言葉です。社会的に共有されるべき自然、食料、医療、教育などを管理する主体の組織というべきもので、国家に依存しない参加型民主主義や共同管理の試みで、地球温暖化に対抗して拡がりを見せている脱経済成長の市民主義、自治体主義(ミュニシパリズム)の組織が「アソシエーション」で、水平的、民主的、相互扶助の含意があります。歴史的にはヨーロッパで福祉国家の制度的要素になった社会保険、年金、公共医療が起源ということです。「アソシエーション」はいま述べたような意味では普及していませんが、この意味での社会的意味が適切に理解され、社会の核になる一定の組織になり、活発な活動の足場になることを期待します。米国の学者の言によると、3.5%の人口が携わると社会が変わると述べていますが、3億人の携わる「アソシエーション」は世界の人口の3.75%に当たるので、ボトムアップのこの活動はこれからの社会に定着する可能性が十分あると思います。(続く)



酒井忠昭:1967年千葉大学医学部卒業、慶応義塾大学外科学教室入局。1975年都立駒込病院呼吸器外科入職、医長。1995年社団法人ライフケアシステムに加わり訪問診療に従事。2001年英国でターミナルケア、在宅診療の調査・研究を行う。2007年NPOホームケアエクスパーツ協会設立、2015年認定NPOとなる。訪問看護ステーション、コミュニティ音楽療法、ディグニティセラピーなどで地域コミュニティ活動を主導している。医学博士(慶応義塾大学)。主な業績、「インフォームド・コンセント(R・フェイドン、T・ビーチャム著、酒井忠昭・秦洋一共訳、みすず書房)」、「医療倫理の夜明け(D・ロスマン著、酒井忠昭監訳、晶文社)」。


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