珍しい病気だから医師は手術したいんでしょ
- mamoru segawa
- 8月23日
- 読了時間: 5分
連載「患者と医師の認識ギャップ考」の24回目です。春山ともみさんが「珍しい病気だから医師は手術したいんでしょ」のテーマで認識ギャップについて執筆しています(ご略歴などは執筆当時のものです。ご了承ください)。
自らの意思を伝えられない患者と出会って
「珍しい病気だから医師は手術したいんでしょ」
春山 ともみ(柏市内生活クラブ風の村訪問看護ステーション光ヶ丘)
2018/01/05
私は2017年10月にメッセンジャーナースA認定を受けました。認定された翌日の訪問看護で、まさにメッセンジャーナースの必要性を思い知りましたのでここに報告します。
私は訪問看護ステーションに勤務しています。その日は、87歳男性で肺気腫を患っている方へ初めて訪問しました。そのとき、隣の椅子に座っていた奥様(以下Aさん)にも体調をお聞きしたところ「よくないのよ~」と曇った表情でお話されました。
訪問看護では、対象となる患者さんのみならずご家族や、特に主たる介護者となる方の健康状態を把握することも大切だと考えています。なぜなら、ご家族あっての在宅療養でもあるからです。
Aさんは86歳。最近、洞不全症候群と診断されたようです。ちなみに、まだ介護保険サービスは利用していません。これはまさにメッセンジャーナースの出番だと感じ対話を続けました。
まずは何の疑いも持たず、されど興味を持ってAさんの話を聴くことに集中しました。
Aさんは時折胸の苦しさがあるものの、ゆっくり動けば外出も家事もできるとのことでした。夫の世話が少し厄介だと言わんばかりの表情をして、ご主人を素早く指さしました。
Aさんの妻としてのよくある苦労話に、私は共感するかのよう苦笑いしました。「この歳になって手術はねえ、医者は簡単だからって言うけど……」とAさんは医師が勧めているにも関わらずペースメーカーを装着することへの不安があるようでした。
私は現代の医療がとても安全になってきたことや、治療を受けることにより生活の質が上がるのであれば期待がもてるのではないか、と伝えてみました。治療や症状緩和に対して医療者が先にあきらめてはならない、と考えたからです。
ところがAさんはあまり反応を示しませんでした。「珍しい病気だからお医者さんはやってみたいんでしょ? 息子に相談してもお母さんが決めればいいって言うし……」と。私はAさんが表現した「お医者さんはやってみたい」という言葉に違和感があり、それについて尋ねてみました。するとかかりつけ医宛てに、検査を行った病院から届いた情報提供書を見せてくれたのです。そこには文章の末尾に「貴重な症例をご紹介くださりありがとうございました」との記載がありました。その貴重な症例という言葉でAさんは自分が珍しい病気であり、医師は治療をしたがっていると思い込んでしまったようなのです。
私がこの文章は決まり文句のようなものであることを伝えると、少し表情が明るくなりました。もしかして治療をしたくないのではないかと感じた私は、今度はペースメーカーを拒否してもいいのだという方向で話しかけてみました。するとAさんの口調はスピードを増しました。「検査だと、寝ている間に5秒心臓が止まっていると出たんだって! でも寝ている間に止まっちゃったってね……」と、たとえ突然亡くなろうともそれは神様が決めることだと思っていると付け加えて話してくれました。
Aさんはペースメーカーを装着するか否かで迷っているのではない、既にご自身の気持ちは決まっているのだと感じました。「この歳になって」という言葉を繰り返し「今病院は年寄りばかりなんだって」と話されるAさんは、高齢者が高度な医療を受けることを社会的な問題と捉えているように見受けられました。尊敬の意を表さずにはいられません。戦争があった大変な時代を頑張って支えてこられた方です。これまでの人生を懸命に過ごし、そして今、命の終盤を迎えようとしていることに正面から向き合い納得しています。
私は、Aさんのような方がご自身で決められたことならそれを答えとして出してもよいのだと伝えてみました。するとAさんの表情がみるみる輝き出し、「今日話せてよかったよ~。まさか、こんなふうに話を聞いてもらえるなんて」とやや興奮気味に笑顔で言ってくださいました。
Aさんが抱えていた問題は、治療方針の選択や手術のために受ける負担などではなかったのです。自らの意思を、主治医や家族に伝えられないでいたことでした。Aさんは私と会って話をしたことを奇遇であるかのように驚かれましたが、これこそ私たち医療従事者が問題として意識すべき点だと私は考えます。
治療方針や人生終盤の迎え方に不安や葛藤を抱えていたり、思い悩んだりしている方たちに向き合い寄り添い対話する役割、例えばメッセンジャーナースが今こそ必要なのだと思い知りました。そして今後はより一層意識して行動していかなければいけないと強く感じました。

■著者紹介
春山 ともみ(はるやま ともみ)
千葉県在住。2007年に末期癌の父親を実家で看取ったのをきっかけに翌年、在宅医療を行なっているあおぞら診療所新松戸に就職し往診介助に就く。2011年からは訪問看護師としてステーションに勤務。訪問看護に魅了される。2017年3月退職後10月にメッセンジャーナース認定資格を取得。地域における看護の必要性を思慮しつつ現在は柏市内生活クラブ風の村訪問看護ステーション光ヶ丘に勤務中。
日経メディカル Online 2018年1月5日掲載
日経BPの了承を得て掲載しています。
コメント