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自宅に帰りたい、でも家族に負担がかかる…


 連載「患者と医師の認識ギャップ考」の22回目です。田口かよ子さんが、自宅に帰りたい、でも家族に負担がかかる…のテーマで認識ギャップについて執筆しています(ご略歴などは執筆当時のものです。ご了承ください)。


自宅に帰りたい、でも家族に負担がかかる…

家族の思いを引き出せないまま退院に、病棟看護師が自問自答


田口 かよ子(姫路赤十字病院看護副部長、メッセンジャーナース)

2017/11/01


 認識ギャップが生じるのは医師と患者の間だけではありません。看護師同士でも、立場変われば認識のずれは起こり得ます。医療ニーズが高い患者さんが不安なく在宅へ移行するには、病院看護師と訪問看護師の連携なくして成り立ちませんが、この看護師間でも認識のずれを感じる場面に出くわすことがあります。


 昨年、「退院前・退院後訪問指導料」(注1)という看護を評価した診療報酬が新たに認められました。この退院前訪問指導を利用し、病院看護師が自ら在宅に出向くことで、自分たちの退院支援を見直し、さらに“つなぐ”ことの意味を考えるきっかけになった事例を紹介します。


 病棟師長から「気になる患者さんがいます。本人は自宅退院への強い思いがあり試験外泊を予定していますが、家族の病状理解には大きなずれがあり、外泊することでかえって家族の不安をあおってしまうのではないかと心配です」と相談を受けました。


 患者は50歳後半の女性。S状結腸癌のターミナル期です。それまでの治療はすべて自分で決断し選択をしていたので、夫や子供たちは、治療ができない時期に直面していること、すなわち看取りがすぐ近くまで来ているとは認識していませんでした。


 そこで私は、外泊中の不安を少しでもなくすること、そして療養環境を整える必要性を感じ、外泊中に合わせて病棟看護師が自宅へ訪問し指導する退院前訪問指導が利用できることを提案しました。 


 看護師はAさんの思いを実現させたい一心で、即座に準備にかかり、初めて自宅訪問を実行しました。看護師は自分が持つ最大限のセンサーを働かせ外泊中の療養の様子を観察し、その情報を整理して患者・家族そして在宅スタッフが参加する退院前カンファレンス開催まで一気に進めていきました。


 唯一、病棟看護師が最後まで心残りであったのは、家族の病状の理解が整わなかったことでした。延命治療を望む夫に、残された時間は日単位であること、「延命は望まないが家族が望むなら頑張るしかない」というAさんの苦悩を伝えるべく、退院前カンファレンス開催ギリギリまで話合いを持ったのですが、夫からは「帰ってから本人の様子を見て相談します」との返答だったのです。そのことを訪問看護師へ正直に伝えたうえで、Aさんの「家に帰りたい」という希望の実現に力を貸してほしと訪問看護師へ託しました。


 そんな思いを受け継いだ訪問看護師と訪問医師は、見事に家族の思いを束ね10日間の在宅を最後まで伴走してくれたのです。


 その後私は、病棟看護師が自分たちの行った退院支援に自問自答している姿に触れ、関わってくださった在宅スタッフへ、デスカンファレンス開催を提案し、参加をお願いしました。


 そのカンファレンスで、病棟師長が家族の思いを引き出せないままの退院になってしまったことに触れた時、訪問医師から、家族と交わした会話の場面が語られたのです。


 在宅療養への不安が強い息子さんたちは、「何かあったら、入院できますか?」と訪問医師に訴えたそうです。


 訪問医師は、「何かって? あのね。救急車を呼ぶときは、例えば吐血したとか転倒して骨折の可能があるときなどで……。意識が少しずつ下がり、反応が鈍くなってきたときは、慌てず訪問看護師に電話してください。今、食べられなくなっているのは、もう体が栄養を必要としなくなってきているということ。今からは本人の負担をできる限り少なくするのが大切で、入院がその方法であるとは限らないのですよ」と一人ひとりの顔を見て話したそうです。


 さらに「確かに、Aさんとしっかりと会話ができたのは3回だけでした。もう少し前に出会いたかったです。でも病棟で家族の意思確認ができなかったことは、それほど重要なことじゃないです。人の心や気持ちは絶えず動くものだし、受け取ったバトンは自分たちで、最後まで完走していく覚悟はできています」と訪問医師は語ってくれたのです。


 この言葉を聞いた看護師は肩の力が抜け心から「ありがとうございます。家族に伝えられていなかったことが、ずっと心にわだかまっていました」と在宅スタッフへ感謝の思いを返しました。


 「自宅に帰りたい」という思いと「家族に負担がかかるなら無理はいえない」という思いの間で苦悩するAさんに答えを出せなかった病棟看護師の葛藤を、在宅スタッフは理解してくれたのです。


 この話を聞いて私は、病棟看護師から訪問看護師へAさんの命のバトンがしっかりとつながったと感じました。そして、病棟看護師と訪問看護師の間の見えないギャップを埋めることにちょっぴりだけどお役にたてたのかな、と思えた瞬間でもありました。


注1:退院前訪問指導とは:継続して1月を超えて入院すると見込まれる入院患者の円滑な退院のため、入院中(外泊時を含む)または退院日に患家を訪問し、患者の病状、患家の家 屋構造、介護力などを考慮しながら、患者またはその家族ら退院後に患者の看護に当たる者に対して、退院後の在宅での療養上必要と考えられる指導を行うこと。


■著者紹介

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田口 かよ子(たぐち かよこ)

母院である姫路赤十字病院で職務をスタートし、その後約20年余り広島での病院勤務を経て訪問看護・有料老人ホームの立ち上げを経験。2007年に姫路赤十字在宅ケアセンターに入職。ケアマネジャー業務を経て2013年病院勤務異動となる。この頃にメッセンジャーナースSA認定を取得、2016年に看護副部長に。現在は、主に地域連携に関する業務に携わる。


日経メディカル Online 2017年10月3日掲載

日経BPの了承を得て掲載しています。

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