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「市井の、ごく普通の人」の根源的な倫理を

  • 44 分前
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 「残しておきたい7人のコラム」から、安藤武士さんの「医師として、武士として」を紹介します。今回は「医師の心 その2」です。



vol.5

医師の心-その2

2002-12-06


 「臨床倫理学」という学問があることを知った。講座がある大学もあるという。知らなかった。自身の不明を恥じている次第である。ご存知の方もおられると思うが、まず、「臨床倫理学」とはどんな学問であるかを解説させていただく。臨床雑誌(1)から得た知識である。


 「倫理学」を辞書で調べると、「人間の行為の善悪の標準・徳・良心などの道徳について研究する学問」と記されている。「臨床」と冠してあるので、「診療・治療」が「人間の行為」に相当する。従って、「臨床倫理学」とは、「医療人の診療・治療にさいしての善悪の標準・徳・良心などの道徳について研究する学問」ということになる。昨今、医師が世の指弾を受けていることと大いに関係のある学問である。


 解説によれば、臨床倫理学は「今、この患者に何がなされるべきか」という臨床現場の具体的問題を解決するための活動であるという。空理空論、議論のための議論でないという。最善のアウトカムを出すということを目的とする。そして、「何が最も善なのか」また「何が正しい決断なのか」を具体的、個別的に考えることがもっとも重要な活動になる。


 例をあげ説明している。「末期肺癌患者に心肺蘇生をすべきか否か」を検討する場合、まず医学的適応を考える。成功するかどうかが関心事となる。これは、医師の医学知識と医療技術の問題である。一方、倫理的側面を含めて考え始めると状況はかわる。患者は、自分が置かれている状況を理解しているか、患者は心肺蘇生を希望しているか、延命効果を差し控えることは認められるか、心肺蘇生は医学的に有益か、家族の希望にしたがって心肺蘇生を行ってもよいのか、儀式的な心肺蘇生は行うべきか、患者本人に心肺蘇生に関する希望を聞いてもよいか、DNR(心肺蘇生をしない)オーダーは医療従事者だけで決めてもよいか、など多くのことが医師の関心事、考えなければならないことになる。これらを解決しながら診療・治療にあたるが、解決に際しひとつひとつの倫理的側面の核となる基本的知識が必要である。しかし、マニュアル化されうる知識を記憶しておくことは必要条件であるが十分条件ではない。患者にとって最善のことをしようとうい気持ちを持つことで十分条件が満される。また、自分は医師として好ましい「人間性」をもっているかを省みる必要がある。患者の苦痛に敏感であり、共感でき、思いやりがあり、誠実に他の人に接し、謙虚であるかだけではなく、他にも多くの人間性が求められる。


 前々回(Vol.3)のコラムに、外科の大先達が自書「外科今昔(2)」で「外科医は善くなければならぬ」と述べていることを記した。また「 善いとは何か、口にもいえず、文字にもすることも難しい。自ら悟る以外にない」とも語っている。臨床倫理学の解説者も「どのような行為が正しいのか」というレベルを越えた「正しいとか、よいこととは何か」とうい根源的な問いは、哲学の歴史が始まって以来、議論されており一言で説明できない難しい問題であることを指摘している。小生が、独り静かに考えても結論が出ないわけである。解説者はブラックバーン(3)の著書を紹介している。


 ブラックバーンは、『・・・。幸いなことに、人は数え切れないほどささやかなことではあるが確かなことを知っている。幸福はみじめさより好ましく、尊厳は屈辱よりよい。人に苦痛を与えることはわるいことで、社会や文化がそれに目をつむることは許しがたことである。そして、死は生きることよりわるく、人々と共通する見地に達しようとする試みは、人々をだまししたがわせるより間違いなくこのましいである。・・・』と、市井の総ての人が持つ根源的な問に応えている。医師も市井の一員である。一員である以上、まず「市井の、ごく普通の人」の根源的な倫理を備えていることが「善い医師」の必要条件ではなかろうか。医師だからだといって、特異な倫理を必要とする訳ではないのである。


 医師は、自身を「普通の人」と思うことが一番、難しいようであるが。


参考書:

1)浅井 篤:臨床倫理―事例からみるジレンマ克服への挑戦.内科89(2):337-342、 2002.

2)中田瑞穂:外科今昔、文光堂、1958.

3)Blackburn S:Being Good, Oxford University Press, Oxford,p129-135, 2001.


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