「医師の医師たるゆえん」
- 6月27日
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「残しておきたい7人のコラム」から、安藤武士さんの「医師として、武士として」を紹介します。今回は「医師の心」です。

vol.4
医師の心
2002-11-21
コラムニストの尾崎 雄氏が、02/07/10のコラム(Vol.10)に、次のような文章を寄せておられた(要約してあります)。知り合いの女性の医師より 『……。医療ミスを隠蔽する体質の医療界に改革が必要ですし、またマスコミや警察の、医療に対する攻撃や、そこには明らかに嫉妬がある、ということも、見抜いていく必要がある』というメールを戴いた。私は元マスコミ人。「警察の嫉妬」はともかく、マスコミの医療に対する「嫉妬」の意味が分らない。マスコミの医療にたいする「不信感」なら分るのである。医療界本流の医師・医療機関に対する不信感が年々募ってきた。強まる医療不信。それは医療人・医療業界人を除く一般の人々の偽らざる生活実感ある。それを「嫉妬」と感じる所が医療人の医療人たるゆえんかもしれない。 それほどまでに医療人とそれ以外の一般人との間には深くて暗い河がながれているのか、と。
「嫉妬」は、「やきもち」、「悋気」と辞書にでている。メールの女史は、医師以外の人からご自身を「やきもち」をやかれる立場にいると思っている訳である。尾崎氏はそれを、「医療人の医療人たるゆえん」と表現しておられるが、医師は「尊大」であるといっておられるのであろう。小生も、今日の医療問題の根底には、医師に「医師の医師たるゆえん」があるためと思っている。また、「医師」と「それ以外の一般人(と、言うことにも抵抗を覚えるが)」との間には深くて暗い河が流れていることを小生も強く感じていのである。医師は、自身を「他の人とは違う」と思っているのである。次の手紙をお読みいただきたい。
先月、年配の医師より戴いた手紙の一部を披露する。所属施設の「医師に対する待遇」に抗議した書簡である。『・・・・。そうゆう日常が医師の気持ちのなかにある種のnoblesse obligeの感覚を形成することも理解なさっている筈です。ご存知でしょうが念のため申し添えますとnoblesse oblige の原語はフランス語で[諺]高き位に重き務めあり-に相当し{高い身分には(道徳上の)義務が伴う}ことを意味しています。もともと、勤務時間など意に介さず、患者さんの容態によっては何日も続く深夜労働にも休日出勤も厭わない医師の心身をささえるのはまさにこのnoblesse obligeの感情に他なりません。今回の措置は見事にこの感情の根元の一つを突き崩し、医師の職分を一般職員と同等なレベルまで貶めるものと考えられます。……』
まさに、尾崎氏の指摘する「医師の医師たるゆえん」であることを示す書簡であろう。しかし、書簡に記されているような医師の生活から『医師には重き務めあり』という心と、『医師である誇り』が熟成し、根付いていくことも事実である。「高い位」、「高い身分」と医師、自ら述べることに小生は恥ずかしさを覚えるが。
今年、研修医が過労死と認定されたことを契機に、研修医を労働者と位置づけ待遇が改善されることになった。どのような位置づけにせよ待遇が改善されることに異論を挟む研修医、医療人はいない。しかし研修医自身、「仕事の対価として金銭を求める者、労働者」であるという意識が希薄であることも事実である。診療の第一線にいる医師の念頭にも、勤務時間、時間外手当て、サービス残業などの文言は存在しないようである。前近代的なのであろうか。後方に退いた小生には分らない。
袋だたきにあっている「医師の心」の一端を述べた。ご理解いただければ幸いである。


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