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治療しない、でも「息苦しい。なんとかして」

 メッセンジャーナースの活動の紹介です。医療総合媒体の日経メディカルで、連載「患者と医師の認識ギャップ考」を展開していました。日経BPの了承が得られましたので、シリーズで掲載していきます。


 第9回は、倉戸みどりさん(メッセンジャーナース・がん相談員)の記事です。テーマは『治療しない、でも「息苦しい。なんとかして」』です(ご略歴などは執筆当時のものです。ご了承ください)。



治療しない、でも「息苦しい。なんとかして」


倉戸みどり(メッセンジャーナース・がん相談員)

2017/01/06


 「『何もしない』と言って外来で経過を診ていた喉頭癌の患者さんが、『息苦しい。なんとかして欲しい』と受診している。酸素飽和度、顔色、バイタルサインいずれも問題ないがどう対応したら良いだろうか?」と医師から相談電話が入りました。


 70歳代後半のDさんは喉頭癌で、切除不能の進行癌でした。抗癌剤などの積極的な治療は望まず、医師と話し合いのもと、外来通院で経過を診ていたのだといいます。原疾患による延命処置も行わないと決めていたのですが、癌の進行による息苦しさを自覚するようになり、受診回数が増えていました。この日は、早朝の救急受診にて、今後の対応に苦慮した医師が電話してきたのでした。


 私が挨拶をすると、酸素マスクをつけたDさんは、マスク越しに「楽になってきた」と言い、丁寧に頭を下げられました。しかし、「癌の治療はしないと決めました。でも、息がしにくい、この苦しさはなんとかして欲しい」と言われたのです。そこで、主治医から気管切開という治療法について、一緒に説明を受けました。説明が終わるや否やDさんは「先生はどう思いますか?」と2度、意見を求めました。主治医の答えは、「即決しないでいいので、よく考えた上で決めてほしい」というものでした。それを受けて、場を面談室に移して、私がお話しを伺うことになりました。


 面談室へ移動すると、それまで言葉を発せずに、夫のかたわらにいた奥様が「癌を取ってほしい」と言ったのです。すると、Dさんが癌を切除することができないのだ、と自身で話されました。そして今度は、私の目をまっすぐに見て、気管切開について質問しました。


 「看護師さんは、切るか切らないかどちらが良いと思いますか?」。その言葉には「不安」「迷い」「期待」「苦悩」など様々な気持ちの揺れ動きが見え隠れしておりました。さらに続けて、「私はもう77歳です。兄弟5人居て、生きているのは自分と弟だけ。あとの兄弟は皆、早くに亡くなりました。自分も、もう長く生きていなくて良いのです。毎日、1時間散歩をしたり、ラジオ体操をしたりしていました。それが最近はできなくなりました……。皆、まさか私が“癌”だとは」と思いのうちを言葉にされました。


 私は、気管切開を行うことがどういったことなのか、気管の解剖図をご覧いただきながら説明しました。気管切開術、その後の管理、気管カニューレについても、Dさんの反応を確認しながら説明し、主治医の説明にもあったように、良く考えた上で決めていただくのが良いと思うとお伝えしました。


「やはり苦しいのは辛いです。やります。切って下さい」


 次の外来受診を前に、ある日、奥様から電話が入りました。「主人が来週月曜日に行って(気管切開を)お断りすると思います。主人も私もずっと悩んでいましたが、喉に穴を開けたあとのデメリットを考えますと……。この電話は、私の判断でさせていただきました。主人は今、外出していますので帰ってきたらもう一度話し合います。悩みますよね……。でも少し胸のつかえが取れました」。ともに生活をしている奥様は、かたわらでDさんの苦悩する姿に心を痛め、ご自身も揺れ動いているように、私には受け取れました。


 その後も、通院時、Dさんと主治医、そして私とで話し合いを重ねて行きました。気管切開を頑なに拒否していたDさんでしたが、呼吸困難が強くなり、この苦しさをなんとかしたいという気持ちが強くなって行くのが分かりました。「先生、切ったら苦しいのが治りますか?」「手術はどの位の時間がかかりますか?」「全身麻酔なんですか?」と。そして、「最近、歩くだけでも苦しくなって筋力がなくなってきました」「正月は苦しくなく過ごすことができますか?」など、具体的な質問をされるようになりました。


 医師も看護師の私もその言葉を受け、その都度、気管切開の有効性を伝えてきました。なぜなら、Dさんは気管切開することによって、しばらくは自分らしく動けるはずと考えていたからです。しかし、Dさんが強く拒否し続けていたので、急変に備えつつも、その意思を汲んでいました。


 Dさんとお会いしてから5週間経ったころです。「やはり苦しいのは辛いです。やります。切って下さい」とまっすぐに主治医の目を見て、自らの意思を伝えました。


 医師は本人の思いを受け止め、短期間で退院ができるように気管切開術のための入院と手術日を調整しました。


 医療行為は、医療者には当然と考えられることでも、患者や家族にとっては非日常のことでありイメージすることさえも難しいのです。また、出現する症状によって気持ちが揺れ動くのです。ですから一人ひとりにあった丁寧な説明を行うだけではなく、その時々の心の風景を察し、その変化に寄り添い、しっかり向き合うことが求められるのだと思います。



■著者紹介

倉戸みどり(くらと みどり)

現在、がん診療連携拠点病院のがん相談支援センターのがん相談員、メッセンジャーナースとして、日々、がん患者・ご家族の相談対応の役割を担っております。


日経メディカル Online 2017年1月6日掲載

日経BPの了承を得て掲載しています

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