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「だまされた。こんなはずじゃなかった」

 連載「患者と医師の認識ギャップ考」の28回目です。田畑千穂子さんが「だまされた。こんなはずじゃなかった」のテーマで認識ギャップについて執筆しています(ご略歴などは執筆当時のものです。ご了承ください)。


命の瀬戸際で悔やんだ患者の心の叫び

「だまされた。こんなはずじゃなかった」


田畑 千穂子(かごしまメッセンジャナースの会)

2018/05/01


 私は看護師人生の中で、二度と誰にもあのような思いをさせてはいけないと自分自身に誓った事例がありました。患者が命の瀬戸際でささやいた心の叫びが、今も耳から離れません。


 ある進行性の癌患者さんが、放射線性肺炎が重症化し二度と自宅には帰れないだろうと覚悟したころ、「だまされた。こんなはずじゃなかった」と訴えたのです。なぜ、このような状況になってしまったのか、誰がそこまで患者さんを追い込んでしまったのか、誰に責任があるのだろうか、と考えてしまいました。


 私も当時、「他の選択肢はなかったか」「何かできることはなかったのか」と、何度も自問自答していました。そして、看護師達が一丸となって立ち向かっても変わらぬ治療方針、治療にかける期待や患者・家族の思いの大きさなど、様々な苦い思いを残した事例でした。


 その患者さんは進行癌で根治術後に化学療法、放射線治療を勧められていました。1カ月にも及ぶ術後経過から、低栄養状態に陥っていたこともあり、プライマリーナースを中心とした看護師チームは、一度、自宅での生活を短期間でも味合わってほしいと一時退院を探っていました。


 しかし、主治医が入院継続の方針を示しており、患者さんと妻は迷っていました。私も何回か、病室を訪ねては思いをうかがいました。患者は「一度退院したい気持ちはあるが、医師に任せたい」と語っていました。


 病棟全体がこの患者さんの治療方針をめぐってギクシャクし、看護師と主治医が対立する事態に陥っていました。この膠着状態を変えたのが、東京に住む長女でした。主治医が長女に電話し、病状や放射線治療に対する効果などを説明したところ、長女は主治医の意見を受け入れたのでした。影響力のある長女の決断は重く、事態は主治医の示す方向に動き出しました。


尿道留置カテーテル挿入を頑固に拒否


 放射線治療が半ばを過ぎ、患者さんの状態が発熱を伴って悪化してきました。胸部レントゲンは真っ白で、重症個室に移動となりIVH(中心静脈栄養カテーテル)が挿入されました。そして、白血球数の減少、低栄養、努力呼吸の出現から130回前後/分の頻脈となっていました。ベッドサイドでの排尿の度に頻拍発作が出現し、主治医が尿道留置カテーテル挿入による安静を求めましたが、患者さんは頑固に拒否し続けました。そして、ショック状態に陥るのも時間の問題で、鎮静剤も検討しました。


 私は、最後のアプローチのつもりで病室を訪問し、重篤な状況を伝えようとして「このままでは、〇〇さんは大丈夫でも、〇〇さんの肺や心臓が耐えられないと叫んでいます。このままでは、心臓が止まってしまうかもしれません」と説明しました。すると、患者は「……分かった。管を入れてもいいです」と尿道留置カテーテルの挿入を受け入れてくれました。ナースステーションへ戻り、受け持ち看護師に医師の指示通りに挿入するように指示しました。


 後からですが、主治医は驚きを隠せず「あんなに頑固に拒否していたのに、師長は何て、説明したのですか?」と、私の対応の経緯を尋ねてきました。


 翌日、私は病室を訪ずれ、手を握りながら「一緒に乗り越えましょう」と話しかけると、しばらくして、患者さんが「あのね……、峠を越えて……海が見える……家に帰りたい……」「だまされた。こんなはずじゃなかった」と涙ぐんで訴えました。私ももらい泣きし、ただ、傍らに寄り添うことしかできません。そして、1週間後に永眠されました。


インフォームドコンセントに看護師が同席


 私は、この事例を機に、癌患者のインフォームドコンセントに関する看護師の役割というテーマで研究に取り組み、インフォームドコンセントに臨む際の看護介入の重要性についてまとめることができました。そして、インフォームドコンセントに必ず看護師が同席するチーム体制を整えました。


 なぜ、インフォームドコンセントの前に看護介入が必要なのか――。それは、圧倒的な情報量の差の中で、患者・家族は、疑問や不安な気持ちを押さえ「(医師に)お任せします」と終わらせてしまうからです。インフォームドコンセントの緊張が解けた後、看護師が訪問すると、気になっていた質問を次々の看護師に投げかけるということがよくあるのです。


 1つの例を紹介します。医師が術後の後遺症について、「手術すると3割方、食べにくくなる」と説明しました。しかし、患者はこれがイメージできず、「3割方、食べにくいとはどういうことですか?」と看護師が質問を受けたことがありました。また、命に関わる診断や治療の説明を受けると、患者は、それがどんなに優しい医師からであっても、何を質問していいのか分からなくなってしまうようです。


 医師との大事な対話の場となるインフォームドコンセントにおいては、患者の緊張を和らげ、不安や疑問を抱いた表情を見過ごすことなく「先生にお会いしたら聞きたいことがあると話されていましたが、ご確認されることはありませんか?」と、看護師は患者の代弁者としてその役割を果たす必要があります。それが入院当日であっても、限られた情報の中で患者の全体像を把握し、信頼関係を築きながら「今日は、私が同席します。医師にお聞きになりたいことがありますか? ありましたら、遠慮せずに何なりとお聞きください」と伝えます。インフォームドコンセント前、中、後は、逃がしてはいけない「看護の時」であると考えます。


 改めて、病院完結型から地域完結型へという医療の変革の真っただ中で、意思決定支援における看護師の果たす役割は増々大きくなっています。入院期間が短縮し、入院目的が明確になり「1入院・1治療」が当たり前となり、私の苦い事例のような「ついでの医療」が許されない時代となってきました。そして、外来においても重大なインフォームドコンセントが実施されるようになっていますが、外来看護師が充足されないまま、看護介入のないインフォームドコンセントの問題が繰り返されています。


 こんな時代だからこそ、メッセンジャーナースが誕生し、医療者と患者の架け橋となるメッセンジャーナースが果たす役割に期待が寄せられています。メッセンジャーナースの活動を広報しながら、仲間とともにネットワークを活かし、社会のニーズに応えられるよう努めていきたいと思います。


■著者紹介

田畑 千穂子(たばた ちほこ)

奈良県立医科大学附属看護専門学校卒。2015年3月鹿児島大学医学部保健学科博士課程前期卒業。奈良県立医科大学附属病院、鹿児島大学医学部・歯学部附属病院(看護部副看護部長)を経て、現在、鹿児島県看護協会の会長を務める。著書は「クリニカルパスで機能するセイフティマネージメントとチーム医療」(医歯薬出版、2004)、「認め合うことがチーム医療のはじまり」(デンタルハイジーン、2007)、「Gargling and the Elderly」Manual For oral care」(Japanese Society of Oral Care、2011)など多数。


日経メディカル Online 2018年5月1日掲載

日経BPの了承を得て掲載しています。

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