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過剰な薬の投与で自分らしさを失っていた患者

 連載「患者と医師の認識ギャップ考」の17回目です。村中知栄子さん(菊池郡市医師会立病院総看護部長)が、『過剰な薬の投与で自分らしさを失っていた患者』のテーマで認識ギャップについて執筆しています(ご略歴などは執筆当時のものです。ご了承ください)。


過剰な薬の投与で自分らしさを失っていた患者


村中 知栄子(菊池郡市医師会立病院総看護部長)

2017/07/03


 病棟婦長だった頃の出来事です。呼吸器の疾患で入院された男性で、当時50歳代でした。癌ではありませんでしたが、顔つきは癌末期を思わせるほど憔悴しきっていました。複雑な病態ではなかったのですが、抗菌薬や降圧薬など、転院してきた当初から数多い内服薬の処方にとても驚きました。


 入院時は呼吸困難や食欲低下などが主訴でしたが、その後、徐々に訴えが多岐にわたっていきました。その都度、さらに内服が増え、やがて患者は不眠に悩まされ、次第に不穏な言動が出現し、目が離せない状態となってしまわれました。


 身体はやせ細り、脚力の低下も進むなかでも、排泄には「トイレまで何が何でも行きたい」という思いがありました。今改めて考えると、排泄への思いは、A氏自身の意思を唯一貫く、自分が自分でいる証だったように思い出されます。


 でも、当時の状況から、私たち医療者の目には、いわゆる転倒や転落のハイリスク状態であり「目が離せない患者」と映っていたのです。


 A氏も自身の変化に気づいておられるようで、「とにかくきつい苦しい……。夜も眠れん、一日中きつい。でも朝になるとホッとするとですよ」「身体も思うようにならん、悔しい……」と悲しそうな眼で、私を真っ直ぐに見るのでした。


 「そうですよね。こちらに来られてからずっときつい状態が続いていますからね。息苦しさがあると暗い夜は不安ですよね。明るくなった朝は安心できるのですよね。スタッフの動きも聞こえてホットなさるんですよね」。こう話しかけたものの、しっかり聞いておられるかと思うと、カーテンの隙間からの朝日を背に、疲れたようにいつの間にか眠りにつかれていました。


 その表情からは、A氏の辛い胸の内がうかがえるのでした。その時々の現実に対して、ご本人は「自分の思いとは裏腹な毎日で辛い、こんな筈ではなかった」と考えておられる様に感じました。そんな患者の状況を主治医はどのように考えているか――。自分の受け止めや考えを話したいという強い思いに駆られたことが、記憶に残っています。


 でも、A氏の言葉を聞いたその場で、主治医に相談してみますとは言い出せませんでした。それは、安易に期待を持たせてしまうだけでなく、事態が好転する手段がとれる保証はできないことを案じたからでした。


 今になって思えば、そのとき主治医にどう伝えて交渉するのか、その自信が持てない思いから及び腰なってしまったのだと反省します。


 結局、A氏の苦痛の状況を聞き、その思いに同調するだけでした。ですが、A氏とのそんな関わりもあってか、A氏は時々穏やかな表情をみせられることもありました。


 その後、夜間の不眠は連日連夜となり、激しい体動や大声を出すようになりました。妻は「変われるものなら変わってやりたい」と苦しみました。こうした状態は通常、いわゆる不穏状態の進行として記録されるものでした。


 状況が好転する兆しが全くといっていいほどに見えないなかでも、A氏の部屋を訪ねたときに時折みせる穏やかな寝顔や表情があるのでした。


 私は、A氏はもう限界だと思い、主治医にA氏の気持ちを伝える決意をしたのです。


 「ご相談したいことがあります。A氏の状態と治療に関して、このところの患者を見ていて幾つかの気になることがあるので聞いて戴きたいのですが、今、大丈夫ですか?」


 「どんなことですかね、いいですよ」


 互いに日常の会話の延長線上の雰囲気で、夜勤者が帰ったことを確認していたナースステーション横のカンファレンスルームで、テーブルに向かい合い相談しました。


主治医の裁量権に踏み入ることをしようとしているのでは


 私は「主治医の裁量権に踏み入ることをしようとしているのではないか」、あるいは「患者の思いを伝えることで、患者が治療に不満を感じていると受け取られるのではないか」、さらには「その後の患者・主治医の関係性が崩れないか」などの危惧や不安を抱いていました。


 主治医に誤解を招かないように心して話そうと臨み、以下のような「5点ほどの相談とお願いのような提案があります」と話を始めました。


(1)入院以来、好転しない症状のなかで、不眠や不穏の状態は、効果を期待した薬の副作用だけが前面に出てしまっているように思いますが、先生のお考えを聞かせて戴きたい。


(2)昼夜逆転や一連の不穏状態はある患者は、そんな状態の自分を感じておられる時があるように思います。そのことが患者を苦しめているように思えてならないのです(患者と意思疎通が出来ていると感じていることも含めて)。


(3)食事がすすまない患者に、内服薬が多く服薬することもしんどい状況です。特に、鎮静薬や抗精神薬など、奏功せず逆に患者を不穏な状態に追い込んでいるように感じます。少しでも減らせる薬はないものかと考えますが無理なことでしょうか。


(4)できれば重要な呼吸管理の内服薬以外を休薬して様子みるという考えは困難なことでしょうか。


(5)もちろん、可能な限りの期間を決めるなどして、休薬の検討する余地があれば、是非ともお願いしたいと考えました。患者は不眠が解決すれば昼夜見られる不穏の状態から解放されるのではないかと思うのです。根拠はありませんが、患者を見ていてそう思うのです。先生は無責任な話と思われるかもしれませんが、患者も患者の妻も、連日興奮される状態にはいたたまれないお気持ちのようです。


 こうした提案に対して、主治医は「そうですか……。確かに紹介元の医療機関からの内服薬も多かったのに、状態が好転しない状況で薬も増やしましたからね。それで食欲も低下しているんでしょう。向精神薬も追加しましたが効いていないようですし……。よし、じゃあ検討してみましょうか」と応じてくれたのです。


 予想以上に穏やかな表情で真剣に受け止めていただき、いつもと変わらない応対で考えていただけることになりました。緊張感がピークに達していた私は、ほっとすると同時に、A氏の現状が打破できる兆しに大きな期待を抱いていました。


 主治医より患者と妻に、不眠や食欲低下が改善しないので薬の調整をしてみると説明がされました。早速、内服薬すべてについて、投与開始からさかのぼって継続の妥当性の検討がなされ、中止薬と休止薬に分け整理された結果、内服薬は随分と少なくなりました。


 休止開始後1週間も立たないうちに、A氏に驚くほどの変化が起こりました。すっかり穏やかな日常を取り戻され、次第に夜間も熟睡できるようになりました。


 まるで、私たちには別人のように感じましたが、奥様は日常を取り戻されたA氏の様子に、うれしさが隠せない様子で「これがいつもの主人ですよ…」と話すのでした。


 主治医も患者の好転に満足そうに、「いくつもの薬のどれが、彼をあんなふうにさせているのか僕も悩んでいましたが、多くの薬からそれを特定するのは難しかった。もっと早く取り組んでいれば良かった。よく気づいてくれた」と感謝したいとの言葉をいただきました。


 患者に対して、医師も看護師も目指していることは一緒なのに、私は何を躊躇していたのか。よくよく考えてみれば、主治医を信頼していないような発言をしたのではなかったか、と深く反省しています。


 改めてチーム医療の意義を考えると、この事例の場合、患者の代弁者として奔走した私の関わりは、自分が患者の思いを最も捉えているような錯覚やある種の驕りもあったのだと思います。


 患者を中心に、家族、医師、看護師と、皆それぞれに向き合い、患者のことを捉えていたと思います。それらを分かち合い患者に還元できるチーム医療こそが大切であったと学びを新たにした次第です。そして、そのようなかかわり方こそ患者、家族の望む、安心できる療養環境となるのだろう思います。


 A氏は、自分らしさを取り戻されたためか、病気にしっかりと向き合えるようになりました。さらに、その後の回復力には目を見張るものがありました。



■著者紹介

村中知栄子(むらなか ちえこ)

聖母慈恵看護学校専攻科卒業。熊本地域医センターにて主任、師長を経験。江南病院の療養病棟師長として就職し、看護部長として10年余り活動した。定年退職を間近に控えた2011年3月に東日本大震災に見舞われた。退職後の6月に、被災地福島に被災者のためのセカンドハウスである「こらんしょ」の立ち上げにかかわる。ここでの被災者の方々との出会いも、今を生きる大きな力となっている。

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