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自分の家で、この子を抱きしめて川の字で寝たい

更新日:2025年7月21日

 連載「患者と医師の認識ギャップ考」の19回目です。渡邉八重子さん(松山赤十字看護専門学校副学校長)が、『自分の家で、この子を抱きしめて川の字で寝たい』のテーマで認識ギャップについて執筆しています(ご略歴などは執筆当時のものです。ご了承ください)。

自分の家で、この子を抱きしめて川の字で寝たい


渡邉 八重子(松山赤十字看護専門学校副学校長)

2017/08/17


 「一晩で良い! 自分の家で、我が子を抱きしめて、そして両親に抱きしめられて……寝させたい」――。


 この看護師達の思いは、院内各専門職だけでなく地域の医療・福祉関係者、さらに救急隊はじめ行政をも動かすこととなった。


 3030gで元気な産声を上げたAちゃんは、生後30日目、突然の痙攣からの意識障害・心肺停止で搬送され人工呼吸器装着で集中管理となる。先天性肝動脈閉鎖症によるに脳出血の診断である。主治医の当院小児科医師はもちろん、麻酔科医師や脳外科医師は総力を上げて懸命に治療に当たった。もちろん、私たち小児科看護師も持てる力を懸命に発揮した。


 しかし、看護師たちは、両親に心を馳せていた。父親も母親も、人工呼吸器、中心静脈栄養、自動血圧計など様々な医療機器に囲まれた我が子を見ては、「なんで! なんで! この子が……」「私の何がいけなかったの」と、運命を恨み、自分を責め、そして「無理だと承知しているが『生きてほしい』『命があるだけで』」と懇願。その一方で、「もう治療なんて良い。我が子を抱きしめたい!」と葛藤し、「一晩で良い。自分の家で、この子を抱きしめて川の字で寝たい」と、言葉にならない我が子への思いで涙し、たたずむのだった。


 看護師の私たちも遠い昔、自分に添い寝する両親の肌の温もりと優しい眼差しに包まれ、安心と何より無償の愛情を感じた経験がある。今は、母親となった看護師はまた、自分の胸ですやすやと寝息をたて眠る我が子の寝顔に、人生で一番の幸せを実感していた。


 両親の姿は「今のまま重症集中管理することが、この子と両親の人生でよいのか」という看護者の葛藤を生んだ。その葛藤は「生まれ育つはずの両親のもとで、この子の命のある限り、三人で三人らしく最期の時まで過ごしてほしい」という思いと願い、そしてエネルギーへと変わっていった。


 父に尋ねた。父は凛と応えた。「この子を、妻の胸に抱かせてやりたい!」。


 母の姿に寄り添い、そっと聞いた。「連れて帰ろうか……。お母さんと、お父さんと三人で寝ようか……」。


 看護師の言葉に大きく強く、うなずく両親が居た。


 生後5カ月、体重6kgでの人工呼吸器管理による在宅療養の始まりである。


 この状態で「我が家」へ連れて帰ることを、誰もが「無理!」と判断し、協力の声は広がらなかった。看護師達は、主治医の小児科部長へ繰り返し、繰り返し思いをぶつけた。そんな主治医が、やっと重い腰を上げたのは、訪問看護の依頼に「了解!!」と明るく快諾した訪問看護師たちが、病院看護師と共に、自宅療養に向けての人工呼吸器管理、アンビュウを押しながらの抱っこやベッドサイドでの沐浴を懸命に学び、繰り返し訓練する様子を目にした時である。


 「やりましょう」「やらせてください」――。


 主治医は、院内同僚の小児科医へ往診の協力を求めた。病院という施設内での診療しか経験のない院内小児科医の返事は、心なしか不安げに聞こえた。地域で開業している小児科医にも在宅往診を依頼した。しかし地域の開業小児科医のなかには、在宅診療の経験者はなく快い返事がない。


 では、小児科医でなくても在宅診療をしている先生はどうか。「6kgの子どもさんですか? 点滴の練習からですね」。在宅診療の医師も覚悟を決めた。


 でも、まだまだ足りない。看護師らは、いざという時の救急搬送に備えて消防隊との打ち合わせにも奔走した。大きな問題であった、体重がたった6kgしかない子どもの在宅人工呼吸器の準備が整ったのは、人工呼吸器業者の方の協力、いえ努力と言うしかない。


 時間がかかればかかるほど,Aちゃんの状態は悪化した。しかし、両親の「一晩でもよい、自分の家で、この子を抱きしめて川の字で寝たい」という思いは、日に日に強くなった。


 そして、院内外の全スタッフは、そんな両親の願いに負けないくらい本当によくやってくれた。「寝食を忘れる」という言葉通りだった。


 さあ!準備は整った。その日を迎えた。


 民間救急搬送車に乗り込むまで、病棟・在宅関係者に迷いと葛藤がなかったと言えばうそになる。


 その度に両親と対話した。何度も何度も対話した。もがき苦しみ覚悟した。


 「もし、帰宅途中で心臓が動かなくなっても、病院には引き返さない。我が家に帰りましょう」。これが、両親と私たちが出した答えだった。


 「ただいま!」。祖母とご近所の方が待つ我が家へ帰宅。


 計画通り、練習通りにことは進む。機器の設定OK。病院スタッフから在宅スタッフへの現場での申し送りも完了。


 それでも、何時、電話がかかってくるかと、心配しながらの在宅一日目の夜勤だった。


 「きっと、一睡もしていないはず」。そして夜明けを迎えた。


 心配するくらいなら電話してみましょう。「もしもし、Aちゃんと手を繋いで寝るのよ」「もしもし、おはよう。もう、お顔を洗った。髪の毛はといた」「Aちゃんはピンクの髪飾りが一番似合うよ」。


 看護師の心配をよそに、Aちゃんと両親の穏やかで幸せそうな顔と、家族としての生活ぶりには驚かされた。電話の向こうから「お隣の奥様からの夕食の差し入れは、ほかほかの肉じゃがだったよ」と、嬉しそうにありがたそうな声が聞こえた。民生委員の方々から、惜しみなく時間と愛情を注いでいただいた様子にも、涙が出そうになった。


 Aちゃん、生後7か月。40日間の自宅での生活の後、その短い生涯を終える。


 部屋中、いや家中に貼られた何百何千枚という、AちゃんとAちゃんを取り囲む人々の笑顔の写真は、弔問に訪れた私達を驚かせた。


 「お父さん! お母さん! いつ、どんな思いで、この写真を撮っていたの」。


 医師たちは、今回のことで「看護師さんの力はすごい。感謝しているし頼りにしている」と言ってくれた。少し照れくさいけれど、やはり嬉しかった。


 訪問看護ステーションの所長は、「Aちゃんの在宅での看護の依頼があった時、『母の、父の思い願いに応えたい』と思った」と話す。そして、看護師として「一日、一日、その一瞬一瞬に幸せを感じてもらいたい」と願ったとも。もう一つ、「失敗は絶対に許されない。ここで失敗したら、医師は、我々看護師を二度とチームメンバーと認めないし頼りにしない」と、後日、この時の覚悟も語っていた。


 医師からの「看護師さんの力はすごい」という評価には、看護師仲間の葛藤や、覚悟と努力があったことを知る瞬間だった。


 時がたち、両親のもとに、第2子となる長男が誕生した。


 産声を上げた息子に、「お姉ちゃんはね……」と、優しく語りかける両親。両親の傍には、産科・小児科医師,助産師。そして小児科看護師たち。


 両親の思いや葛藤、黙って見守り続けた祖父母の思いや葛藤。


 病棟看護師、医師、訪問看護師をはじめ多くの医療者の思いや葛藤。


 無理な依頼に、どう応じようかと迷いながらも役割を全うしようと、懸命に尽力する多くの関係者の思いと葛藤。


 そんな思いや葛藤に寄り添うことが、メッセンジャーナースとしての「ありがたい役割」なのだとつくづく思い知るのだった。



■著者紹介

渡邉 八重子(わたなべ やえこ)

松山赤十字病院卒業後、松山赤十字病院で看護実践・管理を松山赤十字看護専門学校で看護師養成を担う。その経過のなかで、患者・家族は、地域・在宅で療養生活を切望していると感じると同時に、それには多くの不自由・困難・苦痛があることを痛感した。『地域の一人ひとりがその人らしく生きる療養の(ふる)里』を目指し、「地域医療連携を考える会」を発足。「病院と在宅看護・介護の合同研修会」を継続、また「療養支援ナース」としエキスパートナースを病棟に配属したまま一人ひとりの患者の療養支援を担う仕組みの整備、「地域看護チーム」「地域医療福祉チーム」としての活動、さらに住民と共に地域が一体となった活動などを積極的・創造的に取り組んできた。

 現在は、将来の看護・地域さらには社会を創造し担うであろう桜の苗木のような看護学生が勉学に励む、母校の副学校長を務める。


日経メディカル Online 2017年8月17日掲載

日経BPの了承を得て掲載しています。

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