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往診医に連絡とれず、このままでは検死に

 連載「患者と医師の認識ギャップ考」の20回目です。仲野佳代子さん(一般社団法人よりどころ・メッセンジャーナース認定協会)が、『往診医に連絡とれず、このままでは検死に』のテーマで認識ギャップについて執筆しています(ご略歴などは執筆当時のものです。ご了承ください)。

往診医に連絡とれず、このままでは検死に


仲野佳代子(一般社団法人よりどころ・メッセンジャーナース認定協会)

2017/09/01


 20年以上も前のある年の暮れでした。家族と一緒に新しい年を迎えるために、胆管癌の70歳代の男性が退院し、自宅で療養していました。彼は、癌末期の状態で、黄疸も進み胆汁ドレナージをしながら、リビングに置かれたベッドに横になり、家族の動きを肌で感じながら過ごしていました。


 年末は病院の外来が休みになるため担当医師からは、急変があった場合は救急車で来るように言われていました。医師の予測では年は越せるのではないかと説明され、家族も安心して新年の準備をしていました。しかし、「呼吸の仕方がいつもと違う、おかしい」と緊急の電話が鳴り、私が駆け付けると、すでに最期を迎える状況と判断できました。意識も薄れる中、家族は必死に「どうしたの? 頑張って!」と呼びかけていました。状況確認ののち私から病院に連絡すると、担当医は不在で当直の医師が救急車で連れてくるようにと言いました。


 「とても動かせるような状況ではありません。搬送の途中で心肺停止状態になることも予測できます」。私はこう医師に告げ、往診医に依頼したい旨を伝えると了承が得られました。病院に無事到着したとしても、家族は部屋の外に出され救命処置がなされ、人工呼吸器装着の可能性もあります。


 電話でのやり取りを聞いていた妻に、私は「病院の先生は救急車で病院に連れてくるように言っていますが、ご主人は病院へと言うと首を縦に振りませんし、今は動かすことがご主人にとって負担が大きいと思います。病院ではすぐに救急処置がされるため、そばについていることもできなくなります。往診の先生にお願いしてみたいと思いますがどうでしょう?」と提案しました。妻は、家族が集まっているので、「そばについていたい」とおっしゃいました。


 ところが、家族が聞いていた連絡先の往診医には連絡が取れませんでした。「このままでは、家族は本人のそばにいたいという希望があるにもかかわらず、検死になってしまう。それだけは避けなければ……」。私の心は動揺し、途方に暮れていました。


 お別れを目前にした家族の動揺に対して、その場の雰囲気を急変ではなく静かなお見送りの場面に変えなければと、頭の中は激しく動いていたのです。一番動揺している三男(だったと思いますが)に、「呼吸は苦しそうに見えますが、全身を使って呼吸に集中しています。少しでも助けになるように携帯用の酸素を持ってきましたので、マスクを持っていてあげて下さい。そして、会話は難しいものの耳は聞こえていらっしゃるので、お父様になんでも話しかけてあげてください」と言うのがやっとでした。


 最初は戸惑っていましたが、次第に他の息子や妻も周りを囲み、思い出話が自然にできる雰囲気に変わっていきました。


 ほぼ同時進行で、上司の看護師に往診医が見つからないことを相談したところ、「行ってくれる医師を必ず探すので、それまでお願い!」と言われました。「何とかなる!」と少しほっとした私がいましたが、診察をしてもらうまでは、何としても命をつながなければならず、時間のたつのがとても長く感じました。


 「行ってくれる医師が見つかったので、奥さんに伝えて」。その連絡を妻に伝えたところ、とても喜んで患者本人に「先生が来てくださるって、良かったわね」と声を掛けていました。往診を引き受けてくれた医師は、私が病院勤務をしていた時の顔見知りの医師でした。


 到着した医師も、バタバタという感じではなく落ち着いて本人のそばで診察をし、家族に「今晩は難しいでしょう」と穏やかに最期の訪れが近いことを伝えました。


 その後は、家族だけの時間を作るため、医師と私はその場を離れ、遠くから見守っていました。動揺していた三男も酸素マスクを持つ手の位置に気を配りながら、一生懸命に話しかけていました。


 数十分後、間もなく新年を迎えようという時に、永の眠りにつかれました。突然の依頼に動いてくださった医師も、初診で数十分後には死亡診断をしなければならず、大変だったと思います。でもそのおかげで家族は、予期しなかった最期ではありましたが、本人のそばに寄り添いながら語り掛け、家族全員で見送ることができたのです。その表情を見ていてよかったと感じました。


 当時を振り返ると、上司の看護師は患者本人とそばにいたいという家族の思いをかなえるために、自らの思いも含め、往診医師を探したのでした。一方の私は、最期が近いことを受け止めつつ、本人と家族の思いが違う方向に行かないように、医療の限界もある程度伝えながら、何とか家で逝けるように家族の心の揺れを支えるよう努めました。ほんの少しでも、実現できたのではないかと思います。


 家族は言いました。「お正月は迎えられなかったけど、年内に旅立ったのは全部を整理して逝ったのよね」。



■著者紹介

仲野 佳代子(なかの かよこ)

都立の看護専門学校を卒業後、病院勤務を経て、在宅看護のボランティアに携わり、在宅看護研究センターで活動を始めて30年。多くの療養者家族との出会いから、メッセンジャーナースの必要性を強く感じ、現在AS認定のメッセンジャーナースで、認定協会の事務局を担当しているが、懸け橋になるためには、まだまだ自分磨きをしていかなければと修練中である。


日経メディカル Online 2017年9月1日掲載

日経BPの了承を得て掲載しています。

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