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先生が気を悪くするのではと思うと言えない

 連載「患者と医師の認識ギャップ考」の27回目です。丸山育子さんが先生が気を悪くするのではと思うと言えないのテーマで認識ギャップについて執筆しています(ご略歴などは執筆当時のものです。ご了承ください)。


先生が気を悪くするのではと思うと言えない


丸山育子(福島県立医科大学看護学部)

2018/04/05


 糖尿病のために通院している患者さんがいらっしゃいました。血糖コントロールがあまりよくない状態で、HbA1cの値が10%前後でした。インスリン療法にて速効型と持効型の2剤が処方されていました。しかしながら、なかなかコントロールされないことから、看護師が外来で待ち時間を利用してお話することになりました。その方は、40代の女性で、とても生真面目で手帳にはしっかりと朝と夜の血糖値の値が書いてありました。食事のお話をうかがっても、細かく教えてくださいました。とはいえ、少しHbA1cの値が下がってきたかなとお互いに確認すると、次にはもとに戻っているという状態が繰り返されました。


 「インスリンは主治医の指示通りにしていますか?」と聞いたところ、「実はしていないのです……」という返答でした。そこには理由がありました。「低血糖がいやなんです。昼前によく起こして、夕方にも起こることがあります。だから、インスリンの量を減らしていたんです。」。そして、さらに彼女は言いました。「先生に悪いと思って……、気を悪くしてしまうのではないかなって思って……、それに先生は忙しそうだから、私のことで時間をとるのも悪いし……」と医師には指示通りにしないことを言えないと話しました。


 そこで私は、主治医はインスリンが指示通りで行われた上での検査結果だと判断していますから、きちんと伝えていくことが糖尿病をコントロールする上でとても大切だとお話しました。そうすると、患者さんは医師から怒られるのではないかと言い、話すことをとてもためらっていました。主治医との関係が悪くなるのではと懸念していました。


 私は、実際に使っているインスリンの量を確認して、医師が欲するであろう情報を選択し、整理しました。医師に、どのように伝えるかを話しました。そして、決してそのことを怒って叱りつけるような先生(主治医)ではないことを強調しました。私は後ろで見守るとも伝えました。そうすると、はじめのうちは言えないと話していましたが、実際には診療のときに自ら医師にインスリンの量を減らしていることを、きちんと整理してお話されました。


 低血糖のことやインスリンの実際の量などを伝えたところ、主治医はきちんと耳を傾け、「次回は低血糖の時間とインスリンの量に変更があった場合は、手帳にメモを残してくだい」と言われました。その指示に、その女性は「やってみます」とりりしい表情で答えていました。


 次に私がその女性とお話をしたとき、主治医が「この結果をあなたはどう思うか」とその女性に聞いたようで、そのことがとても誇らしそうでした。これまでは、主治医から調子を尋ねられ、検査結果などから医師の判断で処方をされるという流れでした。これは、医師にコントロールを任せているという状態だったのでしょう。しかし、主治医から女性自身の意見を求められることは、その女性が糖尿病のコントロールに積極的に参加を求められた場面だったのでしょう。それから彼女は変わりました。受け身の姿勢から、自分で糖尿病のコントロールすることに主体的になっているように、私には見えました。


 「朝の血糖がいつも高いから、夜のインスリンを少し増やした方がいいのかなと思います。ここで、とても高いのは、休日で家にこもっていたので、動かなかったんです」という調子で、自分の血糖値の解釈と対応を主治医に自ら話すようになりました。その考えに対し、主治医から説明されると、「やはり、専門家に聞かないと、分からないですね……」とうれしそうでした。こういうやりとりの中から、自分自身の血糖値の特徴などを学んでいき、自分自身の身体に則して、糖尿病の理解を深めて対応できる力を身に付けていきました。


このエピソードから学べることは何?


 このエピソードから学べることは何でしょうか。


 インスリンの量を変えていることを主治医に言えないのは、怒られるかもしれないし、気分を害されるとその後が大変なことになるという懸念があるからで、やはり言えないと思います。その女性の主治医は、決してそういうことで怒る方ではないと私には確信がありました。この点において、その女性患者のこと、主治医のことが看護師の私には分かっていました。つまり、橋を懸けたい両側にいる人のことをよく知っているということが大切なのです。そして、看護師がそれを分かった上で、どのように橋を懸けるといいのかを患者さんと一緒に整理すると、患者さんが自らの力で橋が懸けられるといことです。


 看護師は患者の代弁者と教えてられてきましたが、そういう場面ももちろんあります。しかし、代弁者は必要なく、看護師が黒子のように支援することで患者さんが自ら主治医と関係を作っていく、今回のような形もあると思いました。「患者さんには実は力がある」ということを合わせて感じました。


 おもしろい話を聞いたことがあります。ある先生が教えてくれました。


 ストレスも、もともとは物理学の用語で、今では医学でも心理学でも使われています。物理の考えが、心理にも通用するのはとてもおもしろいなと感じます。物理の世界では有名なようですが、私は全く知らなかったモース・ポテンシャルについて、図を示しながら。「2つの物が離れた場所から近づき、お互いにいい距離でいるときはいいが、近づきすぎると急速に離れるということを表している。2つの物がいい距離でいるときには、互いに影響し合って、どちらも落ち着きやすくなるのですよ」(物理学に詳しい方は用語の使用がおかしいところはご容赦を)と。


 私は、この図と説明にとても心惹かれ、人と人との関係を連想しました。まさに、女性患者と主治医のエピソードを表しているようだと。近づくには時間がかかるが、現在はいい距離を保って、影響し合う関係であることで、主治医も治療方針が立てやすくなり、その女性もまた糖尿病を持ちながらも生きやすくなるんだなと。


 ちょっと待て、近づきすぎると急速に離れる……。やはり、親しければいいというものでなく、あくまでも患者と主治医、患者と看護師という一線を引いて関わることが大事だということも、この曲線は教えてくれているのでしょうか。


 なお、個人の特定を回避するため、本質的なところが変わらないように患者さんの情報の一部を変えています。


■著者紹介

丸山育子(まるやま いくこ)

医療技術短期大学を卒業後、病院勤務後、在宅看護研究センターに所属する。訪問看護に従事し、村松静子代表の看護に心が揺さぶられながら、看護観を深めた。学問として学びたくなり、大学院を修了後は、学生に対して自らが深めた看護観を伝授している。


日経メディカル Online 2018年4月5日掲載

日経BPの了承を得て掲載しています。

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