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芥川賞受賞の翌年、肺結核の再発、入院、三度の大手術

更新日:11月19日

 原山建郎氏の新作『遠藤周作の「病い」と「神さま」』をシリーズでお届けいたします。今回は、第一章の1芥川賞受賞の翌年、肺結核の再発、入院、三度の大手術』です。


第一章 遠藤周作の人生には、「病い」と「神さま」がありました


1.芥川賞受賞の翌年、肺結核の再発、入院、三度の大手術


☆ 「天」は父なる〈光〉、「大地」と「海」は母なる〈揺り籠〉


 たとえば、「病い」ということばを、和語(やまとことば)の「やまひ」で考えてみましょう。和語(古語)の「やまひ」は「やまふ(病ふ)」の名詞化で、「やむ(病む)」と類義語の「まふ(耗ふ)」との合成語です。「やむ(病む)」には「やむ(止む)」、つまり生命活動が停滞する意があり、「まふ(耗ふ)」には勢いを失う、動きが静まる意があります。


 上代日本人は、今までできていたことが、急に、あるいは徐々にできなくなった「やむ(止む)」状態を、「やむ(病む・止む)」+「まふ(耗ふ)」=「やむふ(病ふ)」→「やまひ(病ひ)〉」ととらえました。


 また、たとえば漢字で「神様」と書くと、主の祈りの冒頭にある「天にまします我らの父よ」(キリスト教)をイメージしますが、「神さま」とひらがなを混ぜると、汎神論的なニュアンス、ユング心理学でいうグレートマザー(太母)をイメージできるのではないかと思います。キリスト教、ユダヤ教、イスラム教など、一神教の「神様」には、強大な権能をもち、一切の妥協を許さない、文字通り全知全能の、父性的な存在として描かれています。


 しかし、イエス・キリストの母である聖母マリアは、何も語らず、その慈愛に満ちたまなざしを向け、ときに悲しみの色もにじませながら、母なるものの象徴として描かれます。


 フランス語で、母なる「大地」をla Terre(ラ・テール)、母なる「海」はla Mer(ラ・メール)、大地の一部である「山」はla Montagne(ラ・モンターニュ)といいます。laは女性名詞につく定冠詞です。そして、「天(空)」はle ciel(ル・シエール)、「天国」は le pradis(ル・パラディ)で、leは男性名詞の定冠詞です。つまり、「天」は父なる〈光〉、「大地」と「海」は母なる〈揺り籠〉なのです。


 上代日本人は和語(やまとことば)である「かみ」を、漢字の音韻(発音)と字義(意味)を漢字(中国語)から借りて「幽身(かすか・み)」「隠身(かくり・み)」と表現しました。日本の「かみ」は一神教の人格神(god)ではなく、その「はたらき(働き)」、または「あらはれ(顕れ)」を指すことばです。

 また、フランス語では仏陀をle Bouddha(ル・バッドゥ)といいます。定冠詞は男性名詞のleですが、悪人も善人もすべて掬いとり、お浄土に渡そうという誓いを立てられた、阿弥陀さまの本願には、父性的な強い意志と同時に、女性的な慈悲のまなざしを感じます。



☆ 聖書に書かれたヨルダン川、北米大陸を南北に貫くミシシッピ川。


 最晩年の作品『深い河 ディープ・リバー』のタイトルには、漢字の「深い河」とカタカナの「ディープ・リバー」の文字が、二つ並べて書かれています。


 そのひとつは、作品のおもな舞台であるインドのガンジス川――フランス語では女性名詞のla Gange(ラ・ガンジュ)という――現地の人々にガンガー(ヒンドゥ教に伝わる、ガンジス川を神格化した女神)と呼ばれている母なるガンガーは、あらゆる宗教、人種に関係なく、また現世で行ったどんな罪も問わず、すべてを許し、包み込んで、ゆるやかな流れを見せています。


 もうひとつは、黒人霊歌の「ディープ・リバー(Deep River)」(深い河、故郷はヨルダン川の向こう岸。深い河、主よ、河を渡り、集いの地へ行かん)です。ここで歌われている「深い河」とはヨルダン川、「集いの地」とはカナン、聖書に神がアブラハムの子孫に与えると書かれた「約束の地」のことです。


 しかし、この「ディープ・リバー」には、ダブル・ミーニング(一つの言葉が二つの異なる意味を持つ)があります。「ヨルダン川」を現世において象徴するディープ・リバー、それが北米大陸を南北に貫いて流れる「ミシシッピ川」であり、集いの地とは「北部」または「天国」だと考えることができます。人種差別の厳しかった「南部」の黒人奴隷にとって、比較的差別意識の薄かった北部への逃亡こそが現実的な希望でしたが、それを阻んでいたのが目の前に横たわる広く深い河、ミシシッピ川なのでした。


 遠藤さんは、「西洋から伝えられたキリスト教は、だぶだぶの洋服のようだ。もっと日本人の身丈に合うキリスト教(和服)に、仕立て直す必要があるのではないか」と述べています。


 古来より多神教(汎神論)的な宗教・文化に培われてきたインド(ヒンドゥ教、上座仏教)や日本(神道、日本仏教)と、一神教的な宗教・文化に根ざした中東・ヨーロッパとを隔てる「深い河」の存在が、さきに挙げた「ガンジス河」と「ミシシッピ川」の文脈から、透けて見えてきます。


 遠藤さんは、21歳で肋膜炎(胸膜炎)を発症します。1952年、29歳、フランス留学中に肺結核を発症し、志半ばで博士論文の完成を断念。翌1953年、志を果たせぬままに南回りの航路で失意のうちに帰国しました。


 1955年、『白い人』で第33回芥川賞を受賞しますが、1960年に肺結核が再発し、3年間の入院生活を余儀なくされます。翌1961年、38歳のとき、慶応病院で三度の大手術を受けることになります。



☆ 踏んだ人の足の跡が残る「紙の踏絵」を、手術前の病床で見る。


 これは、名作『沈黙』を語るときの有名なエピソードのひとつですが、3回目の大手術を目前にして病床にあった遠藤さんは、踏んだ人の足の跡が黒く残っている「紙の踏み絵」を見るという不思議な体験をします。心ならずも踏んだ足の脂に込められた苦しみ、神の沈黙。どこからか「踏みなさい」という無言の声が聞こえてきて……。


 3度目の手術では一時、心臓停止の危機を迎えますが、奇跡的に手術は成功します。しかし、そのときに受けた胸郭形成術で、7本の肋骨と片肺をとられてしまいます。さらに手術時の輸血がもとでB型肝炎を発症し、さらに糖尿病、高血圧症も見つかります。その後、病気が再発し、さらに悪化しないか、死んだらどうなるのかという、大きな不安にさいなまれていた遠藤さんでしたが、1977年、たった一人の兄・正介さんを食道静脈瘤破裂で失い、ひどいショックを受けます。


 しかし、その同じころ、アメリカの精神科医、エリザベス・キューブラー・ロスが書いた『死ぬ瞬間 死にゆく人々との対話』、『死ぬ瞬間と臨死体験』(いずれも読売新聞社刊)などの著書と出会い、やがて遠藤さんは「人は死んだらそれで終りではない。人は死ぬとあたたかい光の中に包まれて、さきに逝った懐かしい人たちと会うことができる」と思うようになります。


(以下次号に続く)

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