どこにも負けないヘルパー教育
- 20 時間前
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「残しておきたい7人のコラム」から、村松静子さんの「起業家ナースのつぶやき」を紹介しています。今回は「看護の自立をはばむもの・その4」です。

vol. 10
看護の自立をはばむもの・その4
2002-2-04
看護経営者に欠くことのできないのが経営感覚と経営能力、それらは、ナースの私にとって皆無に等しかった。会社を継続していく上で最大の難関となったのがこの第三の壁である。
‘医療と福祉の狭間で苦しむ人たちに看護の手を差し伸べたい’
‘看護の原点を模索したい’‘買っていただける看護に挑戦したい’
しかし、理想はあくまで理想であり、資金が無ければ継続できない。
開業して半年後、200万円の資本金が40万円しか残っていないことに気づいた私はあせった。
部屋代が払えなくなったらどうしよう、
電話代が払えなくなったらどうしよう、
スタッフの給料が払えなくなったら・・・頭を過ぎる不安の数々、
「このままでは続けられない」それが現実の姿であった。
事務所を借りるのに必要な諸経費の他、印鑑や白板等の事務用品、最小限のテーブルや椅子、24時間つなぐための電話やポケットベル、コピー機やワープロ機、医師への伝達にも役立つ医療用のカメラなど、必要なものをそろえるためには費用がかかる。
1つひとつをそろえる喜びとは裏腹に、運営資金は確実に減っていく。
そこで始めて味わう経営者としての責任の重さと決断の必要性、十分な資金があっての出発ではないだけに「私は経営者なのだ」と、突きつけられた現実を改めて認識した。
「もう進むしかない。私たちの看護を待っていてくださる方たちがいる。
たとえ一人になっても10年は続けなければ」その思いは日に日に高まっていく。
そして、
「私に売れるものはないのか、いや、必ずあるはずだ。看護のほかに何が出来る?」
フッと気づくとそう自問している。
その頃、奇しくも模索され始めていたのがシルバー産業だった。
私たちの活動のことが新聞紙上に掲載されると、次々に模索中の大企業の新規事業開発担当者がやってきた。記事の大きさに比較するとあまりに小さすぎる事務所に、「どうやったら儲かるんだね」とふんぞり返って言う人もいた。
「私は儲けようと思って始めたのではありませんので、それが目的なら、どうぞお引取り下さい」
私も負けてはいなかった。案の定、広い事務所に大勢のナースやヘルパーを抱えて大風呂敷を広げた会社は半年と続かなかった。
そんな中で、私にできることが見つかった。
どこにも負けないヘルパー教育を行うことである。
「在宅看護ヘルパー育成プログラム」はこうして誕生したのだった。









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