看護職の「プロアクティブ」を支える互尊の心
- 3月7日
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原山建郎氏の新作『遠藤周作の「病い」と「神さま」』をお届けします。今回は、第五章の『3.「プロアクティブ」を支える、患者・看護師・医師の「互尊」』を掲載します。
3.「プロアクティブ」を支える、患者・看護師・医師の「互尊」
☆医師の指示に慣れすぎて、主体性の発揮が不足している。
1980年代に東大病院の看護師長であった小島さんは、早くから「プロアクティブ(看護職として適切に配慮・交渉・対応する)」と「互尊(レスペクト)」を重視していました。
1986年秋、堅苦しい文言が多かった「東大病院の入院案内」の内容が大きく変わりました。そこにはもちろん患者のプロである遠藤さんのアドバイスもあったのですが、その橋渡し役をつとめたのが、当時の看護部長だった小島通代さんでした。そして、のちに日本赤十字九州国際看護大学学長となる小島さんは、1994~2000年まで毎年開催された「看護職の主体性に関するシンポジウム」の総括レポート『主体性から「互尊」へ』を、『週刊医学界新聞』(医学書院の電子新聞。1993年3月29日付)に寄稿しています。
看護職の「主体性」をとり上げた理由の一つ目は、看護職に「主体性の発揮」が不足していることにあります。
施設内医療の最小単位は、患者と医師と看護職との相互作用である。その相互作用の中で、看護職には、先に述べた3つの行動原理[※(1)健康の原理に基づき、(2)患者の立場に立ち、(3)心を通わせる行動原理に基づいて看護をすること]から医療を担うことが期待されている。それにもかかわらず、看護職は医師の指示に従って動くことに慣れすぎ、必要な範囲を超えていることに気づかない。その結果、本来期待されているはずの役割を果たしていないという面が多くみられる。
例えば、看護職が健康の原理に基づくことに徹底していれば、必ずしも安静を必要としていない患者が、1日中ベッドにいるしか方法がないような病院の使い方、あるいは病院の設計にはならないはずである。
看護職が患者の立場に立つことに徹底していれば、ベッドで寝ている患者に、職員の靴音が響くような病院にはならないはずである。
(1993年3月29日付『週刊医学界新聞』)
☆医師を攻撃・排除することが、看護職の「主体性」ではない。
理由の二つ目は、看護職の「主体性」とは、医師を攻撃したり、排除することだと考えるなど、「主体性」ということばが誤解されやすいことにあります。
医師の立場や考えを理解しないまま、医師をむやみに攻撃したり、看護から医師を排除して、それが主体性を発揮したことだと思っている看護職がいる。だとすれば、それは主体性の誤った理解である。誤った理解でことをなせば、看護は孤立して魅力がなくなり、やせ細っていくだろう。
主体性を発揮するということは,相手を非難したりないがしろにすることではまったくない。相手の主張を理解し認めつつ、自らの主張を整理して相手にわかっていただくことなのである。(中略)患者と医師が、それぞれの主体性を発揮しやすいようにすることが、看護職の主体的な仕事なのである。すなわち、相手の持っているよい面、リソース(成果を得るのに役立つ状況、情報、考え方、人、もの、財源など)を発見して、尊重することだと言える。
(1993年3月29日付『週刊医学界新聞』)
医療現場において、看護職が「主体性」を発揮するためには、患者・医師・看護職がお互いを理解し助け合う「互尊」のこころが求められます。
看護職に本来求められている主体性を、現在の医療現場で正しく発揮するためには,看護職は看護そのものの内容とともに、コミュニケーション技術を豊かにする必要があるだろう。熱心なあまり、医師と対立することが増えたために職場の雰囲気が暗くなってしまい、「これはおかしい」と自ら気づいてシンポジウムに参加したという前途有為な看護職がおられる。(中略)
「主体性、主体性」と唱えるよりも、これからはむしろ、「互尊」をテーマにするほうがよいと考えるようになった。互尊とは、「互いに尊敬しあい、助け合って人間の値打ちを発揮し、幸福な世界を造るという精神」である。看護の場の基調は「互尊」なのである。
(1993年3月29日付『週刊医学界新聞』)
1996年3月のある日、東京大学医学部の教授を退官されるタイミングで、小島さんからご連絡をいただき、その最終講義を東京大学山上講堂で伺いました。
小島さんは最終講義のメインテーマである「看護におけるプロアクティブな考え方とその実行」の中で、患者や医師の言動に対しては、反射的な「リアクティブ(反応)」でなく、適切な「プロアクティブ(看護職として適切に配慮・交渉・対応する)」の大切さを強調されました。看護職の「プロアクティブ」を支えるものは、患者・看護師・医師、それぞれに求められる「互尊(Let's respect each other)」のこころ、なのです。医師・看護師・患者の「互尊」が看護の基調にある、小島通代さんがめざす「プロアクティブナース」への思いは、遠藤さんが提唱した「心あたたかな医療」をめざす〈看護のこころ〉に支えられています。
💛 マザー・テレサのことば 3
私一人で世界を変えることなどできませんが、水面に石を投げてたくさんの波紋を生み出すことならできると思います。(I alone cannot change the world, but I can cast a stone across the waters to create many ripples.)
コラム 5 〈ことば〉は薬、遠藤マジック 長く苦しい入院生活を送っていた遠藤さんは、病状も徐々に回復してきたある日、週に一度の入浴許可を告げる担当医師の言葉に勇気づけられた。 「もうあなたは週に一度、お風呂に入れるようになりましたよ」 遠藤さんは言外に〈これまでは病状が重く、お風呂にも入れなかったのが、きょうからは週に一度入れるまでに病気がよくなった〉という明るさを感じた。これが「まだ週に一度しか入浴は許可しない」なら、ただでさえ不安な心は凍りついたにちがいない。遠藤さんはそれを「言葉の魔術」と呼び、「病院の医師も看護婦も、言葉の魔術師であってほしい」と強く願っていた。 1986(昭和61)年の秋、それまで官僚的な語句で冷たい印象を与えていた東大病院の入院案内が大きく変わった。そのきっかけは、同じ年の春、VLT(極超低温)美容で有名な加嶋幸成さんに紹介された神山五郎さん(烏山診療所所長)、小島通代さん(東大病院看護部長)が「心あたたかな医療」の共鳴者で、入院案内の改定メンバーである小島さんが文中の言葉遣いに頭を痛めていた、ちょうどそのタイミングでの出会いだった。 「遠藤先生の入院体験をうかがって、それを入院案内に生かしたい!」 早速、遠藤さんに取り次ぎ、もちろん快諾。患者目線のアドバイスがパンフレットの言葉遣いに反映された。 ★命令口調を避け、語りかけ口調に 【面会は、必ず看護婦の許可を得てからにしてください】の許可を得てから」を、語りかけ口調「ご相談ください」「お申し出ください」に変更。 ★禁止口調を避け、柔らかい表現に 【患者の寝具は病院のものを使用することになっておりますので、個人のものは持ち込まないでください】という禁止表現は、ただでさえ緊張ぎみの患者の不安を増幅する。「寝具は病院で用意いたします」でよい。 ★患者の孤独感を救うのは看護婦 わずか一行【病院の消灯は午後9時です】を「どなたも睡眠を充分おとりになれるよう、消灯時間を21時に定めております。消灯の後ご用のときはナースコールをお使いください。看護婦はお返事しませんが、静かにベッドサイドに伺います」に変更。 〈言葉は薬〉という遠藤マジック。 (『周作クラブ』「からだ」番記者レポート④) |



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