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『あなたはおにいちゃんなんだからね』

 「残しておきたい7人のコラム」から、村松静子さんの「起業家ナースのつぶやき」を紹介しています。今回は「この時期になると浮かんでくるあの光景 その1」です。


vol. 7

この時期になると浮かんでくるあの光景 その1

2001-12-24


 あの頃の私は、夜中でも懸命に訪問看護を続けていました。


 12月23日、電話が鳴り、私は仲間と二人でSさん宅へ駆けつけました。ベッドに横たわったSさんはやせ細った両手を差し出して言いました。


 『私、これで家で死ねるのね』


 3歳の娘と8歳の息子をもつSさんは42歳。その目には一筋の涙が光っていました。


 医師から麻薬が処方されたその日はクリスマス・イブでした。

 

『痛みが嘘のようにとれたんです。

  家族みんなでピザを食べて、Vサインをして写真を撮りました』


 電話の奥から聞こえてくるその声は、Sさん宅の活気を感じさせるものでした。長年、親子で暮らしていたニューヨークのあの大きなクリスマスツリーの話題も出たことでしょう。きっと素晴らしい一夜であったに違いありません。


 しかし、一夜明けた早朝、家族から電話が入りました。

 

『死相が現れています。すぐ来てください。

  意識ははっきりしていますが、呼吸は1分間に6回ぐらいです。

  怖くて薬も飲ませられません。痛みもとれないようです』


 再び駆けつけた私たちの顔を見るなりSさんは言いました。

 

『痛みをとってください』


 -ドクターをお呼びしましょうか-の私の言葉には


 『いいえ、結構です。

  お医者さんが来ても、胸に聴診器をあてて、ご臨終ですとしか言わないでしょう。

  死亡診断書は書いていただけることになっております。

  私たちだけで看とりたいんです。

  それを見守ってほしいんです。夜もそばにいてください』


 それから暫くして、痛みが少しとれたSさんは娘を呼んで言いました。

 

『おばあちゃんの言うことを聞いて善い子でいるのよ』


 息子を呼んで言いました。

 

『あなたはおにいちゃんなんだからね』


 それらは母の言葉でした。


 夫には妻としての言葉を、妹には姉としての言葉を、母親には娘としての言葉を残しました。


 徐々に意識が遠退くなかで、Sさんが望んだのは家族の温もりでした。


 母親の浮腫んだ片足を一生懸命さする小さな手、両手を握りこぶしにして唇をかみしめ、じっと母の顔を見つめる幼い息子の目、家族全員で必死に向き合う。それこそが在宅看護でした。


 Sさんは愛する家族の温もりに囲まれて、永遠の眠りにつきました。


 今から15年も前の12月25日の夜のことでした。


 毎年クリスマスが近づくと、私の心には必ずあの光景が浮かんでくるのです。

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