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日本の『良医』に訴える―六つの願い

  • 2月13日
  • 読了時間: 16分

 原山建郎氏の新作『遠藤周作の「病い」と「神さま」』をお届けします。今回は、第四章の2.『中央公論』に寄稿したエッセイ――「日本の『良医』に訴える」です。


2.『中央公論』に寄稿したエッセイ――「日本の『良医』に訴える」


☆「日本の『良医』に訴える――六つの願い」


 連載エッセイ「患者からのささやかな願い」に、全国のから200通あまりの手紙が寄せられました。その手紙に目を通した遠藤さんは、その2カ月後(1982年6月)、『中央公論』7月号に寄稿した 「日本の『良医」に訴える ――私がもらった二百通の手紙から」から、「心あたたかな医療』キャンペーンが始まります。


 『「日本の『良医」に訴える』からの引用(『中央公論』 7月号128~137ページ)に、私のコメントを加えるかたちで、遠藤さんが訴えた「六つの願い」について考えてみましょう。


①医師は診察の折、患者の病気の背景にはその人生を考えてほしい

 一人の患者がおずおずと医師の前に腰かけ、病状を訴える時、彼は医師にたいしある病気の持主としてだけではなく、仕事や家族をかかえた一人の人間として向いあっているのだ。そして彼の病気もこうした彼の人生と決して無関係どころか、切っても切れぬ関連を持っている。言いかえれば患者は病気と共にその病気が彼に与えた心の悩み、苦しみ、不安、孤独感、自分が病床につかねばならなくなった時の家族への配慮、仕事の断絶――そういった全部を背おって医師と向きあっているのである。(中略)


 医学とは臨床に関する限り、人間を相手にする人間学でもあるのだ。医師と患者とには人間関係があるのだということを絶対に忘れないでほしい。そしてその人間関係は医師と一人の苦しむ者との関係であるから、愛が基調にあってほしいと思うのは私だけではないだろう。


 2016(平成28)年12月、日本東方医学会が主催した市民公開講座の「パソコンで見る医学から、つながりを診る医療へ」と題する講演で、「患者の〈からだに〉触れることもなく、パソコン画面に写る検査値の変化を重視する医師がふえている。〈からだ〉を検査値や画像診断などで〈部分〉に分けて見る現代医学は、たとえば内科でも消化器内科、糖尿病内科、呼吸器内科、腎臓内科、腫瘍内科、血液内科、膠原病・リウマチ内科などの専門外来などがあるように、すぐ隣とのつながりを見落としやすい」と訴えたことがあります。


②患者は普通の心理状態にないことを知ってほしい

 入院する患者の心理を一寸だけでも考えてみよう。彼は今から見知らぬ世界に入っていくのである。彼の社会生活を支えていたすべてのものは病院では通用しない。彼は他の患者とおなじようにパジャマを着て、自分の病気や死の不安と向き合う。(中略)


 たとえば長期患者や重症患者、あるいは老人の患者はしばしば不眠症に悩むことがある。彼がそれを医師に訴えると、医師や看護婦はその訴えを「不眠」という症状だけで受けとめ、軽いトランキライザーや眠り薬を与えようとする。だがおそらく、その時、「この患者はなぜ眠れないのか」という心理面にまで思いをはせないであろう。


 スピリチュアルペインということばがあります。直訳すると「霊的な痛み」ですが、日本人には「人生の痛み」としたほうが理解しやすいでしょう。


 スピリチュアルな痛みとは、傷が痛む、お腹が痛いなど、身体が直接感じるフィジカルペイン(肉体的な痛み)ではなく、患者の仕事(社会的役割)や家族・友人(親しい人との心のつながり)に関わる心の悩み・苦しみが投影された「人生の痛み」のことです。


●「生活の顔」と「人生の顔」がある


 最晩年の遠藤作品『深い河 ディープ・リバー』(講談社、1993年)が発表された翌年、表紙カバーの帯に「人は死んだら、どこへ行くのだろう」と書かれた遠藤さんの対談集『「深い河」をさぐる』(文藝春秋、1994年→文春文庫、2007年)では、第81回アカデミー賞 外国語映画賞を受賞した映画『おくりびと』で、納棺夫の役を演じた俳優・本木雅弘さんとの対談で、「生活の顔」、「人生の顔」について語っています。


遠藤 若い時は銀行家は銀行員らしく立居振舞をし、学校の先生は学校の先生、また父親は父親の顔を家庭で持たなくちゃならない。若ければ若いほど、そういう「生活の顔」を持たなくちゃならない。僕らくらいの年齢になると、生活というものが逆に薄くなって、人生しか残らなくなりますから。だから「生活の顔」じゃなくて、「人生の顔」をしたいと思う。とにかく死を迎えるのは、本木さんよりずっと早い。そうすると、インドへ行ったことで「生活だけじゃないぞ」という気持ちが強くなることは、とてもありがたい。インドでは生活と人生が一緒になっている。日本では生活しかない。日本の多くの人は生活だけがすべてという考えです。

(『「深い河」をさぐる』43~44ページ)


③無意味な屈辱や苦痛を患者に与えてくださるな

 私の知っている女性で骨髄癌にかかり、医師はあと2カ月の生命とはっきり言ったにかかわらず、その2カ月間、いろいろな検査が彼女に行われた。(中略)2カ月の生命しかない患者になぜ辛い検査を行うのか。それが治療のためでない(なぜなら2カ月以上の延命が至難なことは当の医師たちがよく知っているからである)とするならば、この苦痛は一体なんのために患者に加えられるのか。


 その理由として、遠藤さんは二つの推測を挙げています。一つは「病院経営のために収入につながる検査を、治る見込みのない患者にも行うのではないか」というイヤな推測です。


 もう一つは「今後の治療に役立つ学問的データを集めるために、治療に関係ない検査が行われたのではないか」という希望的な推測です。


 仮に、後者が正しかったとしても、【それが患者には治療と関係のない苦痛を強いるのであれば、やはり考えこまざるをえない。多くの良心的な医師もこの矛盾にきっとぶつかっている筈である。】と、遠藤さんは悩むのです。


④患者の夜の心理をもっと考慮してほしい

 長期患者や重症患者が死の不安や孤独、自分の人生を考えこむのはこの夜の時間である。痛みは闇のなかで倍加するように思われる。そして不安のあまり眠れなくなる時もある。夜ほど患者にとって誰かにつき添ってもらいたい、と思う時はない。(中略)そしてそんな夜、看護婦室へのベルをたびたび押す患者はたいてい叱られる。「少しは我慢しなさい」「甘えちゃ駄目ですよ」(中略)しかし病院側は患者の夜の心理をもう少し考慮してほしい。夜が長期患者や重症患者にとって不安で苦しい時間だということを、患者心理の視点から見なおしてほしい。


 かつて、肺結核で三度の大手術、長期入院を余儀なくされた遠藤さんが、夜になって術後の痛みがはげしくなり、看護婦さんに助けを求めました。ベッドサイドにやってきた看護婦さんは、「おつらいでしょうね」と言って、そっと手を握ってくれました。すると、その痛みが少し薄らいだような気がしたといいます。


 これは、遠藤さんから直接うかがった「痛みを一人で耐えるのではない。痛みを共有してくれる人がそばにいてくれる、その安堵感がからだの痛みをやわらげてくれた」というエピソードのひとつです。


⑤患者の家族の宿泊所や休息所がほしい

 原則として日本の大病院は米国から戦後に直輸入された完全看護制を実施しているため、患者の家族が泊れる宿舎や部屋などはない。家族が患者の看護のために宿泊できるのはたいてい看護婦さんの好意や黙認によってだと言ってよい。しかし家族関係のつよい日本人患者には「家族にみとられたい」という願望が、欧米人よりはるかに強い。完全看護という原則は必ずしも日本人にはむいていない。(中略)


 かいこ棚式のベッド、キャンバスベッドさえあれば、それでさえもいいと私は思っている。こういう一寸した設備があるだけでも看護の合間に待合室の長椅子にわずかな休息をとる家族はよほど体が休まるだろう。


 患者に付き添う家族の宿泊所については、雑誌で病院長と対談する機会をとらえて、遠藤さんがとくに強調した要望でした。当時は、患者のベッドの脇(病室の床)に、家族が直接せんべい布団を敷いて寝る光景も珍しくなく、本来なら入院規則の違反行為ですが、ときに心やさしい医師や看護師による黙認というかたちで、例外的に許されていた時代でした。


 たとえば、『夫・遠藤周作を語る』(文春文庫、2000年)には、夫に付き添った順子夫人が病室に泊まり込んだ体験が記されています。


 三回目の手術を迎えることになって、その時分、慶応病院は付き添いが泊まってはいけないことになっていましたけれど、主人は「泊まってくれ」と申します。今みたいにベッドがありはしないから、病室のわきに付いている畳の小部屋に枕だけ持ってきて、オーバーコートを被って寝ていたんです。 

(『夫・遠藤周作を語る』50ページ)


☆入院患者の事前宿泊、付添いの家族が泊まれる宿泊施設


 Web検索(2025年3月現在)で、全国の大きな病院を受診するために、事前宿泊が必要な患者、付き添いが必要な患者の家族のための宿泊所の運営母体と名称、近隣の医療施設、一人一泊の宿泊料(税込)、入院時の寝具やタオルなどのリネン代(税込)を調べてみました。


○(公財)ドナルド・マクドナルド・ハウスが運営する「さっぽろハウス」(一泊1000円+リネン代220円)

●北海道大学病院が運営する「北海道大学病院ファミリーハウス」(北海道大学病院、一泊2000円)

●NPO法人青森地域再生コモンズが運営する「ファミリーハウスあおもり」(青森中央病院、一泊2500円)

○(公財)ドナルド・マクドナルド・ハウスが運営する「せんだいハウス」(宮城県立こども病院、一泊1000円+リネン料220円)

○(公財)ドナルド・マクドナルド・ハウスが運営する「にいがたハウス」(新潟大学医歯学総合病院、一泊1000円+リネン料220円)

○(公財)ドナルド・マクドナルド・ハウスが運営する「とちぎハウス」(自治医科大学とちぎ子ども医療センター、一泊1000円+リネン料250円)

○(公財)ドナルド・マクドナルド・ハウスが運営する「さいたまハウス」(埼玉県立小児医療センター、一泊1000円+リネン料200円+駐車料300円)

○(公財)ドナルド・マクドナルド・ハウスが運営する「せたがやハウス」(国立成育医療センター、一泊1000円+リネン料253円)

○(公財)ドナルド・マクドナルド・ハウスが運営する「東大ハウス」(東京大学医学部附属病院、一泊1000円+リネン料200円)

○(公財)ドナルド・マクドナルド・ハウスが運営する「ふちゅうハウス」(東京都立小児総合医療センター、一泊1000円+リネン料220円)

○(公財)ドナルド・マクドナルド・ハウスが運営する「なごやハウス」(名古屋大学医学部附属病院=一泊1000円+リネン料180円)

●大阪大学病院が運営する「春日丘ハウス」(大阪大学病院、一泊4000円)

○(公財)ドナルド・マクドナルド・ハウスが運営する「おおさか健都ハウス」(国立循環器病研究センター、一泊1000円+リネン料260円)

○(公財)ドナルド・マクドナルド・ハウスが運営する「こうべハウス」(兵庫県立こども病院、一泊1000円+リネン料220円)

●広島大学病院が運営する「広島大学病院ファミリーハウス」(広島大学病院、一泊1500円)

●四国がんセンターが運営する「向日葵」(四国がんセンター、2640円)

●(一財)恵愛団が運営する「森の家」(九州大学病院、一泊2000円)などが見つかりました。(宿泊費税込=2025年現在)

○(公財)ドナルド・マクドナルド・ハウスが運営する「ふくおかハウス」(福岡市立こども病院、一泊1000円+リネン料176円)


 いずれの病院も、一人一泊、約1200円~4000円の料金で、付添いの家族が利用できる宿泊施設があることは、本当にありがたいことです。


☆日本のマクドナルド・ハウスは、全国に12カ所ある


 2011年12月、東京大学構内に開設された「東大ハウス」の運営母体は、(公財)ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパンでした。2016年、私は同財団常務理事兼事務局長の木村恵美子さんにお目にかかって、ドナルド・マクドナルド・ハウスの歴史と活動について取材しました。


 ドナルド・マクドナルド・ハウスの歴史は、1974年のアメリカ東部の都市、フィラデルフィアから始まりました。当時、アメリカンフットボールで活躍していたフレッド・ヒル選手の当時3歳になる愛娘が、白血病にかかって入院することになったのです。彼がそこで目にしたのは、狭い病室で子どものベッドの傍らで折り重なるようにして寝ている母親や、病院の自動販売機で簡単な食事をすませている家族たちの姿でした。彼もまた入院先の病院が自宅から遠く離れていたために、精神的にも経済的にも苦痛を感じていました。


 そこで彼は、病院の近くにあったマクドナルドの店舗オーナーや病院の医師たち、そしてフットボールチームの仲間たちに呼びかけて、病院の近くに家族が少しでも安らげる滞在施設を作るための募金活動を始めました。


 そして、1974年、フィラデルフィア新聞社が提供した家屋を改造して、世界初のドナルド・マクドナルド・ハウスが誕生したのです。その後、世界各地に広がったドナルド・マクドナルド・ハウスは、(2025年現在)48の国と地域に合計約390カ所開設されているということです。


 2001年12月、日本初の「難病児及びその家族等のための滞在施設」として、東京・世田谷の国立成育医学研究センター(旧国立大蔵病院)に隣接する「せたがやハウス」がオープンしました。そのきっかけは、1996年の夏、国立大蔵病院院長に就任したばかりの開原成允(かいはらしげこと)さんと、スタンフォード大学の社会学者である西村由美子さんの出会いでした。当時、大蔵病院では、国立小児病院と一緒に国立成育医療センターという子どもと母親のための病院を創設するプロジェクトが動き出していました。


 「アメリカの小児病院には必ず『ドナルド・マクドナルド・ハウス』があるのに、日本にはなぜないのでしょう?」という西村さんの問いに、アメリカにあるようなドナルド・マクドナルド・ハウスが実現できたら、日本の医療環境を変えることができるかもしれないと考えた開原さんは、「ぜひやってみましょう」と答えました。


 そして、同年12月、西村さんとともに開原さんは当時の日本マクドナルド株式会社・藤田田(ふじたでん)社長に面会し、日本にもドナルド・マクドナルド・ハウスが必要だと支援を要請したのです。すると、翌年、藤田社長から承諾の手紙が届き、のちの国立成育医療センターの近くにドナルド・マクドナルド・ハウスの建設が決まり、2001年12月、「せたがやハウス」がオープンしました。


 開原さんとは、個人的に不思議なご縁があります。これはあくまでも当時『わたしの健康』の編集記者だった私(原山)の感想になりますが、1986年春、東京大学附属病院院長・森岡恭彦さんが発足させた「患者サービス改善委員会」の委員長を、当時、東京大学医学部教授だった開原さんが務めていたのです。その成果の一つに、東京大学附属病院の官僚的で堅い入院案内の説明文を、入院患者に親切でわかりやすい文言に変えようと、遠藤周作さんが具体的な助言をして、それをとりいれた「心あたたかな」入院案内のパンフレットがあります。


 これもまた、「心あたたかな医療」キャンペーンの一環で、開原さんもまた同じ志をもつ「良医」のお一人でした。残念なことに、開原さんは2011年1月に急逝され、直接お話を伺うことは叶いませんでしたが、「東大病院の入院案内が変わった」ことから、とくに全国の大学病院の「入院案内」が改訂に着手するなど、大きく変わるきっかけとなりました。


 日本のドナルド・マクドナルド・ハウスは、北は「さっぽろハウス」(北海道立子ども総合医療・療育センター)から、南は「ふくおかハウス」(福岡市立こども病院)まで、日本全国に現在、12カ所の滞在施設が運営されています。


 難病の子どもをもつ家族は、一人一泊1000円+リネン代で泊まれますが、これら滞在施設の電話応対、チェックイン&アウト業務、ハウスキーピングなどの仕事は、全国に現在約2000人登録されている個人や企業のボランティアの活動に支えられています。リビングやダイニングでは、同じ悩みを抱える母親同士が、それぞれの思いを語り合う場にもなっています。


 マクドナルド店舗のレジ脇には、ドナルド・マクドナルド・ハウス募金箱があり、多くのマクドナルドを訪れる利用者の方々にも、ドナルド・マクドナルド・ハウス支援の輪を広げることに協力をお願いしているということです。


⑥心療科の医師をスタッフに加えてほしい

 私は外国の病院に入院したことがあるが、そこには小さいながらチャペルがあったり、小ホールが設けられていた。チャペルでは患者や患者の家族だけでなく、医師や看護婦が患者と共に祈る姿をみた。私はその時、医師と患者とのなんとも言えぬ人間的な結びつきを感じたものである。(中略)これからの病院が巨大化されると同時に、医師の専門が細分化され、診断も機械化されるにつれて、患者はますます孤独になっていくだろう。そして今までよりも、長期患者や重症患者の心的な不安が起きてくるだろう。その時、心療家がスタッフに加わることが必要になるような気がしてならない。


 遠藤さんは、『讀賣新聞』、『中央公論』、『週刊読売』などマスコミ媒体、カトリック誌『あけぼの』(聖パウロ女子修道会発行の月刊誌)へのエッセイの寄稿、医療関係者(医師、看護師、ジャーナリスト、ソーシャルワーカー、女優)との対談で訴えた「心あたたかな医療」への願いが、『遠藤周作のあたたかな医療を考える』(読売新聞社、1986年)に載っています。


 病院は患者の人生を振り返るところ、すなわち新しい教会でもあります。


「心あたたかな医療」を考えるキーワードとして、遠藤さんの「病院はチャペルである」ということばを、改めて考えてみたいと思います。


コラム 4

遠藤さんの序文、授業という使命。


 教室のドアを開けて、驚いた。学生の目がキラキラしている。


 2013年4月から始まった東洋鍼灸専門学校での授業(社会学、コミュニケーション論)は、もう12年目に入った大学での授業とは別次元の、そして魅力あふれるフィールドである。


 高校を出たての18歳から、人生の達人然とした60歳代の学生まで、年齢層に幅はあるが、全員、はり師・きゅう師・あんまマッサージ指圧師の国家資格取得をめざしている。


 昼間部と夜間部があり、ほとんどの学生が、鍼灸治療院のアシスタントなどで働きながら学費を稼いでいる。なるほど、気合の入れ方もちがうはずだ。


 私が担当する社会学とコミュニケーション論は、鍼灸専門学校のシラバスでは基礎分野の科目であるが、いま大学で教えている一般教養的な内容では意味がない。近い将来、開業して患者を診察し治療にあたる彼らのために、何か「古くて新しい」コンテンツはないか。


 そうだ。針灸科、鍼灸あんまマッサージ指圧科では、専門分野である東洋医学の理論と臨床、針灸などの理論と実技を習得するために、現代西洋医学の専門基礎分野で、解剖学・生理学・病理学・リハビリテーション医学などを学ぶ。


 だとしたら、東洋物療(東洋医学的物理療法)の治療者を志す学生には、身心(からだとこころ)の相関連動・相関相補というはたらき(うごき・ながれ)にまつわる資料を提供できないだろうか、と考えてみた。


 私たちの身心は、互いに連なって動き(相関連動)、足りなければ補う(相関相補)考え方は、健康雑誌の取材記者時代、快(痛くない)方向に動けば、痛みがとれるという「操体法」の創始者・橋本敬三さんと作家・遠藤周作さんの対談で知ったものだ。それ以来、私は気持ちのよいほうに動く「快医学」的な生き方を心がけている。


 ところで、私が最初に書いた本は『からだのメッセージを聴く』(日本教文社、1993年、のちに集英社文庫、2001年)だが、その出版記念会で光文社のYさんから、「原山さんが書くべきテーマは、この本にすべてある」と言われたことがある。


 そのときは何のことかと訝しんだが、改めて遠藤周作さんの序文を読み直すと、それは著者への「励まし」ではなく、その後、健康ジャーナリストとして生きることになる私の「使命」を示すものであった。


 (※西洋医学のように)分析や原理を中軸として人間の肉体のように生きた対象を割り切る時、そこに見落されるものがある。東洋医学や民間療法に健康雑誌の編集を通して関心を持ってきた原山さんは当然、この盲点に気づかれた。氏が西洋医学の見落したもの、忘れているものに注目したのは、この本の最も魅力ある点である。

(『からだのメッセージを聴く』序文「カメラ位置の面白さ」)


 そうだ。東洋物療を志す学生たちと「西洋医学の見落したもの、忘れているもの」を、いまこそ素直に見つめながら、「宇宙と心との結びつき、無意識と外界との関係」について、新しい教科書を書けばいい。


 初回の社会学は「生命社会学という〝いのち〟からの視点」で、『医療人類学入門』(波平恵美子著、朝日選書、1994年)のダイジェストから入った。それは、もちろんグローバル(地球規模の文明)ではなく、エスニック(民族的な文化)でとらえる「ライフでもバイタルでもない、ひらがなの〝いのち〟」によるアプローチだ。


 コミュニケーション論は「〝生きる糧〟としてのコミュニケーション」を、『ひとりで生きられないのも芸のうち』(内田樹著、文春文庫、2011年)の「ひとりでは生きられない度」から入って、「ひらがなには〝おかげさま〟ということばがあります」ということばで結んだ。

(Book Therapy no.17、『出版ニュース』2013年5月中旬号)

 


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