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「上医医国、中医医民、下医医病」

  • 4月18日
  • 読了時間: 6分

 原山建郎氏の新作『遠藤周作の「病い」と「神さま」』をお届けします。今回は、第七章「4.上医は国を医(いや)し、中医は民を医(いや)し、下医は病を医(いや)す」です。


4.上医は国を医(いや)し、中医は民を医(いや)し、下医は病を医(いや)す。


☆第37回日本東方医学会で行った教育講演


 2018年2月9日、東京・御茶ノ水で開催された第37回日本東方医学会で「遠藤周作の遺言――『日本の「良医」に訴える』――38年目を迎えた“心あたたかな医療”キャンペーン」と題する教育講演を行いました。私は同学会で学術委員として活動しています。


 日本東方医学会は、医学部や歯学部で近代西洋医学を修めたのち、さらに東方医学(インド、チベット、中国、日本など、東方地域の伝統医学)の治療理論を学び、その知恵を患者の臨床に生かそうと努力する医師、歯科医師、鍼灸師、薬剤師、看護師など国家資格を持った医療職の会員で構成されています。数年前から、医師・鍼灸師・薬剤師が一人の患者の情報を共有しながら、連携して治療にあたる「医鍼薬地域連携研究会(第一段階は医鍼地域連携)」を立ち上げ、近代西洋医学と伝統的な東方医学の融合診療をめざしています。


 教育講演の前半では、1982年『中央公論』7月号の『日本の「良医」に訴える』にある「6つの願い」をとりあげました。中盤では、1986年秋に改訂された東大病院(東京大学医学部附属病院)の「入院案内」の文章に反映された遠藤さんのアドバイス(やさしいことばの魔法)の数々を紹介しました。さらに後半では、遠藤さんの呼びかけで始まった「遠藤ボランティアグループ」の誕生、遠藤さんのやさしい「ひと言」に触発された女性医師(大腸肛門病専門医、在宅ホスピス医)と看護師(プロナース)を紹介しました。


☆「上医医国、中医医民、下医医病」


 そして講演の最後に、2019年12月4日、アフガニスタンで凶弾に倒れた中村哲医師のメッセージ「100の診療所より一本の用水路を」から想起した、中国の古い歴史書のことば――「上医は国を医(いや)し、中医は民を医(いや)し、下医は病を医(いや)す。」について話しました。


 中国の六朝時代(西暦454~473年)、陳延之が書いた『小品方(しょうひんほう)』にある言葉「上医医国、中医医民、下医医病(上医は国をいやし、中医は民をいやし、下医は病をいやす)」は、もともと中国春秋時代を扱った歴史書『国語』晋語八の「上医医国、其次医人」に由来するもので、この「上医は国を医す」という言葉は、すぐれた医者は、国の疾病である戦乱や弊風などを救うのが仕事であって、個人の病気を治すのはその次である、というほどの意味だそうです。中村哲医師がアフガニスタン東部で行った「井戸の掘削、用水路の延伸、取水堰の設置」という〈医療〉行為は、中医(民をいやす)のレベルをはるかに超えて、上医(国をいやす)に価するレベルの〈医療〉ムーブメントであったのではないでしょうか。


 日本では古来より「医は仁術」、「赤ひげ先生」という言葉がよく用いられてきました。


 「赤ひげ(医師)」とは、山本周五郎の時代小説『赤ひげ診療譚』に登場する町医者のことで、貧乏人からお金を受け取らず、他の医者が嫌がるような病人も快く診る理想の医者像のことをいいます。


 また、「医は仁術」という言葉は、江戸時代の儒学者、貝原益軒が著した『養生訓』巻六「択医(※名医の選び方)」に、「醫は仁術なり。仁愛の心を本とし、人を救ふを以て志とすべし。わが身の利養(※私欲)を専(もつぱら)に志すべからず。天地のうみそだて給へる人をすくひたすけ、萬民の生死をつかさどる術なれば、醫を民の司命(しめい)と云ふ。きはめて大事の職分なり。」とあります。


 さらに「醫とならば君子醫となるべし。小人醫となるべからず。君子醫は人のためにす。人を救ふに志専一なるなり。小人醫は、わが為にす。(中略)醫は病者を救はんための術なれば、病家の貴賤貧富の隔てなく、心を尽くして病を治(ち)すべし。病家よりまねかば、貴賤をわかたず、はやく行くべし。遅々すべからず。人の命は至りて重し、病人をおろそかにすべからず。是れ、醫となれる職分をつとむるなり。」と書かれています。


 重要なキーワードは「君子醫(優れた医師)」です。「上医は国を医(いや)し、中医は民を医(いや)し、下医は病を医(いや)す」でいう上醫中醫)のニュアンスに近い。もう一つのキーワードは「司命(仁愛の心を以て人々を救い、生き死にをつかさどる術)」という重要な職分です。


 また、現代の私たちは、「治(ち)」を「治(なお)す」と訓読しますが、本来は「治(おさ)める」です。もともと農耕のための治水(ちすい:洪水から田畑を守る)を意味する字で、為政者の力による支配と合わせて、治水による生産の保護をあらわしていました。


 やまとことばの「まつり」はその宗教的権威とその儀礼によって生産を保護し、それが永続的に安定的に行われることが「まつりごと(政治)」だったといいます。


 また、中医学(中国の伝統医学)や日本漢方を学ぶテキスト『黄帝内経』の一文を、一般的には「聖人は已病を治(なほ)さずして、未病を治(なほ)す」と訓読し、「聖人(優れた医師=上医)は病気に罹ってから治すのではなく、未だ病気があらわれない段階で治す」と解釈しますが、これをたとえば「聖人は已病を治(をさ)めずして、未病を治(をさ)める」と訓読すると、「上医は病気に罹ってから身心の乱れを治めるのではなく、まだ病気になる前の段階で身心を整える(治める)」と解釈できます。


☆「医(醫)」と「疾」を、中国の古代文字で調べる。


 「上医は国を医(いや)し、中医は民を医(いや)し、下医は病を医(いや)す。」という言葉は、医師の「医(醫)」という漢字を、やまとことばで「いやす」と訓読したもので、元の漢字(中国の古代文字である甲骨文や金文)は「矢」を「匚(はこ)」に収めている形、その「矢」によって病魔を祓う呪術的な意味があります。


 この「医」にはもうひとつ、「くすし」という訓読があって、古代日本では医師(治療師)のことを「薬師(やくし)」と書いて「くすし」と読みます。やまとことばの「くす(奇)し」には「不思議な現象を起す」人、ミラクルワーカー(奇跡の人)という意味があります。


 また、疾病の「疾」は、やまとことばで「やまひ」と訓読しますが、元の漢字(甲骨文)には腋の下に「矢」を受けて負傷する意味があります。


 近代西洋医学でいえば、投薬・手術・放射線の治療法などが、古代医学でいう「矢」にあたるでしょう。ここで「矢」の用い方をひとつ誤ると、「患者」の命を奪う毒矢(ポイズン・アロー)になります。


▼「金文」で書かれた「醫(医)」







▼「甲骨文」で書かれた「疾」と「矢」





 西洋医学を修め、さらに東方医学を学びつつ臨床に生かす医療者の「心あたたかな矢(ヒーリング・アロー)」によって、厄介な病魔もたちどころに退散することを大いに期待したいものです。


 そして、最後に「日本の“良医”に訴える」という遠藤さんの遺言は、「〈上医〉をめざす日本東方医学会の皆さんに向けられたもの」であると訴え、遠藤周作さんによって38年前にはじめられた「心あたたかな医療」への協力をお願いして、この日の教育講演を結びました。


❤ マザー・テレサのことば 13

神様は私たちに成功してほしいなんて思っていません。ただ、挑戦することを望んでいるだけよ。God doesn’t require us to succeed; he only requires that you try.

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