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与えることにどれだけ愛を込めたのか

  • 2 日前
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 原山建郎氏の新作『遠藤周作の「病い」と「神さま」』をお届けします。今回から、第五章の「年秋、東大病院の『入院案内』が変わった」に入ります。まずは、『1.東大病院が変われば「心あたたかな医療」が少し前に進む』を掲載します。

第五章 1986年秋、東大病院の『入院案内』が変わった


1.東大病院が変われば「心あたたかな医療」が少し前に進む


 1986年春、東京大学医学部附属病院(以下、東大病院と表記)の「患者サービス改善推進委員会」メンバーで看護部長の小島通代さんから、遠藤さんに文言改定へのアドバイスをお願いしてほしいと、遠藤番記者である私に仲介の依頼がありました。遠藤さんに電話でその旨をお伝えすると、「天下の東大病院が変われば、心あたたかな医療が少しでも前に進む」と、その場で快諾されたのでした。


 「入院案内」改訂のポイントである七つの項目は、遠藤さんから直接うかがったアドバイスの要約です。◇改訂前(1986年秋以前)の文言、◎遠藤さんのアドバイス、■改訂後(1986年秋以降)の文言、□現在(2025年)の掲載資料で用いられている〈ことば〉の違いも見ていきましょう。


▼「入院案内」(改訂前)▼「入院のご案内」(1986年改訂)


① 上意下達の命令口調を避けて、語りかける口調にする。


◎アドバイス 「面会は、必ず看護婦の許可を得てからにしてください。面会の方は病室内での飲食はできません」の命令口調では、患者を囚人のような心理に追い込む。「許可を得て」ではなく、「ご相談ください」「お申し出ください」のような、語りかけ口調がよい。


■改訂後は「ご面会の方は、看護婦にお申し出ください。ご面会の方の病室での飲食は、ご遠慮ください」となりました。


□現在は、総合案内で面会カードの受付を済ませたあと、「面会する前に、病棟のスタッフステーションで声をかけてください」となっています。


②むずかしい漢字を減らし、やさしいひらがなを用いる。


◎アドバイス 「入院時は、きまり次第電話等にてご連絡します」などのように、漢字(漢字熟語)が多いと患者に威圧感を与える。堅苦しい文語調より、ひらがなの多い、語りかけ口調がよい。


 表紙のタイトルは、◇改訂前の「入院案内」→■1986年改訂後には「入院のご案内」→□2025年の現在も、そのまま「入院のご案内」となっており、ひらがなの多い「語りかけ口調」に変更されています。


 目次タイトルも、次のように変更されました。


◇入院手続きについて→■入院のために行うことは→□入院に際してお願いしたいこと・入院中にご注意いただきたいこと

◇入院時の携行品について→■入院されるときの持ち物は→□持ち物について

◇給食について→■お食事は→□食事

◇面会について→■ご面会は→□面会

◇入院中の心得→■入院中のすごしかたは→□入院中の過ごし方

◇入院料金の支払いについて→■会計は→□入院費のお支払い


 一部の目次では、「お食事→食事、ご面会→面会」のように、美化語である「お」「ご」が省略されていますが、全体的に語りかけ口調に変更されました。


 参考までに、いくつかの大学病院のホームページ(2025年現在の入院案内)から、各病院の「入院案内」に載っている、おもな「目次」を見てみましょう。


○九州大学病院 「入院のごあんない」  病室での1日(1日のスケジュール、外出・外泊について、食事について、入浴について、付き添いについて)


○大阪大学医学部附属病院 「入院のご案内」  入院にあたって(入院の手続き、入院時の持ち物、病室・病棟、付き添い)/入院中の生活(点灯・消灯、食事、入浴・シャワー、寝具・病衣、洗濯)/外出・外泊/面会/退院時の手続き


○京都大学医学部附属病院 「入院のご案内」 入院生活について/面会について/食事について/学習支援について(本院では、入院する小学生・中学生に対して、入院治療しながら安心して教育が受けられるよう、 院内学級「京都市立桃陽総合支援学校京大病院分教室」をこども医療センター=北病棟5階の側 に設置しています。希望される方は、病棟、院内学級・分教室にお尋ねください)


○慶応義塾大学病院 「入院のご案内」 入院生活(入院中のきまりごと、お食事、洗濯物、外出・外泊、携帯電話)/面会について(当院では、医療上必要な面会を推進しております。予約制となりますので医師・看護師等にご相談ください


○北海道大学病院 「入院のご案内」 入院の予約・入院の決定・入院当日の手続き/入院時の持ち物/入院中の過ごし方、決まりなど/お食事(朝食は午前8時、昼食は正午、夕食は午後6時になっております)/付添い/郵便物(郵便ポストは医科中央診療棟1階キャッシュコーナー横にあります)/面会時間/入院費のお支払い


③禁止口調をできるだけ避けて、やわらかい表現を心がける。


◎アドバイス 「患者の寝具は病院の物を使用することになっておりますので、個人の物は持ち込まないでください」などの禁止表現は、ただでさえ緊張している患者の不安を増幅する。「寝具は病院で用意します」でよい。


■改訂後は「布団やねまきは、病院でご用意します」の禁止表現はなくなり、「患者の寝具」は「布団やねまき」と具体的なことばに書き換えられました。


□現在では、「入院セット レンタルあり」として、「寝衣(パジャマ等)とタオル類のレンタル制度があります」と、患者や家族による持参と「入院セット」レンタル(有料)の選択制に変更されています。


④冷たい感じの官庁用語を避けて、日常語を積極的に用いる。


◎アドバイス 「食事は、普通食、軟食、流動食、特別食に分かれており、医師の指示によって給食されます。自炊はできません」では、いかにも官僚的である。給食は「食事が用意されます」でよい。「特別食」はわかりにくい。


■改訂後は「医師の指示によって」が削られ、「給食」が「お食事」となり、「普通食、軟食、流動食、特別食」は「症状によっては特別なお食事」という表現に変更されて、「お食事は、すべて病院で用意いたします。症状によっては特別なお食事(流動食、糖尿病食、肝臓病食、腎臓病食、幼児食など)が用意されますので、食べものや飲みものを自宅からお持ちにならないでください」となりました。


□現在では、「特別なお食事」についての記述が削除され、「食事は主治医の指示に基づき、病院で用意します。飲食物の持ち込みはご遠慮ください。間食・補食・アレルギー等については、医師・看護師・管理栄養士にご相談ください。飲み物についてはご自身でご用意ください」となっています。


⑤入院患者の「孤独」や「不安」をやわらげる表現を工夫してほしい。


◎アドバイス 「病室の消灯は午後九時です」の一文は、もちろんその通りだが、患者が「孤独」と「不安」の闇に包まれる夜の時間は、夜勤の看護婦さんの存在だけが心の支えになる。


 生死をかけた三度の大手術と長い入院体験を通して、遠藤さんは「入院患者は消灯後の時間が孤独である。その孤独感を救ってくれるのは、看護婦さんだ」と述べていました。


◇改定前の「病室の消灯は午後9時です」から、■改訂後は「どなたも睡眠を充分おとりになれるよう、消灯時間を21時に定めております。消灯の後ご用のときは、ナースコールをお使いください。看護婦はお返事しませんが、静かにベッドサイドに伺います」となりました。


□現在では「消灯21:00 消灯後は、同室者の迷惑にならないようご協力をお願いします。消灯時間を過ぎてからの点灯や、テレビの視聴はご遠慮ください」となっています。


□現在の「入院のご案内」で削除された■「消灯の後ご用のときは、ナースコールをお使いください。看護婦はお返事しませんが、静かにベッドサイドに伺います」のひと言には、患者の心に届くやさしい響きがあったと思います。


⑥新しい項目の追加、その一――「医学部附属病院としてのお願い」。


◎アドバイス 終末期患者の採血検査を、「止めてほしい」と申し出たが、「ここは大学病院ですから」と断られたことへの疑問に、大学病院としてきちんと説明してほしい。


■改訂後には「大学附属病院では、医学および看護の学生・生徒の教育実習がおこなわれておりますので、ご協力いただくことがございます。実習は必ず指導医師・指導看護婦の監督下におこなわれます。よろしくお願いいたします」という一文が加わり、大学の医学部附属病院としての「教育・研究」という役割に理解を求めています。


□現在の「入院のご案内」では、パンフレット冒頭の「患者さんの権利」にある「ご自身の意思で医療を選択することができます」のみになっています。


⑦新しい項目の追加、その二――「インフォームド・コンセント」。


◎アドバイス 従来、患者の不安を募らせる「(病名の)宣告」という、医師による一方的な申し渡しから、新たに導入された「インフォームド・コンセント」(説明と同意)とは何か、医学知識のない患者にも理解できるように、わかりやすく説明してほしい。


■改訂後に「ご自分の病気のことについて、よく説明を受けましょう」という項目が新設され、その中に「医師や看護婦は診療についてのあなたのご要望をすすんでお聞きします。またご自分の病気のことについても充分の説明をうけてください」の一文が加わりました。


 ※2016年当時の「入院のご案内」では、「医師や看護師から、ご自分の病気や検査・治療について充分な説明を受けてください。病気についてのプライバシーを守るため、患者さんご自身以外に病気の説明を受ける方を、ご家族など信頼できる人の中からあらかじめ選んでおいてください」となっていましたが、□現在の「入院のご案内」ではこの一文は削られて、パンフレット冒頭の「患者さんの権利」にある「ご自身の情報を得ることができます」のみになっています。


▼東大病院「入院のご案内」(2025年版)


☆ 心あたたかな「ことばの魔術師」


 このように、■改訂前の「入院案内」、□1986年に〈遠藤さんのアドバイス〉をもとに改訂した「入院のご案内」、○2025年の「入院のご案内」に使われている〈ことば〉を比較してみると、現在の「入院のご案内」は、正直にいえば「二歩前進(かなりよくなったが)、一歩後退(患者の気持ちに寄りそった説明が減った)」ではないでしょうか。


 かつて、三度にわたる大手術などで、長い入院生活を過ごしていた遠藤さんは、病状が少し落ち着いたころ、週に一度の入浴を許可された。そのとき、担当医が「遠藤さん、あなたは〈もう〉週に一度、お風呂に入れるようになりましたよ」と声をかけてくれました。


 遠藤さんは、その言外に「週に一度、お風呂に入れるまでに回復した。よかったですね」という明るさを感じました。これがもし、「あなたは〈まだ〉週に一度しか、お風呂に入ってはいけません」であったら、「今後の病状しだいでは、入浴許可を取り消す」のように聞こえたにちがいありません。遠藤さんは、この「心あたたかな」担当医のことを、「ことばの魔術師」と呼んでいます。


💛 マザー・テレサのことば 1

大切なのはどれだけ多くを与えたかではなく、与えることにどれだけ愛を込めたかです。(It's not how much we give but how much love we put into giving.)

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