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愛に対する飢えの方がはるかに難しい

  • 48 分前
  • 読了時間: 9分

 原山建郎氏の新作『遠藤周作の「病い」と「神さま」』をお届けします。今回は、第七章「5.『日本のカルカッタ』で精いっぱいできること――遠藤順子さん」です。

5.「日本のカルカッタ」で精いっぱいできること――遠藤順子さん


☆「死」を患者・家族・医師――三つの視点から見てみる。


 遠藤周作さんの帰天後、順子夫人が遠藤ボランティアグループの顧問に就任されます。そして、講演会や講座(メンバー勉強会)などに参加され、夫からバトンタッチされた「心あたたまる医療」について話してくださいました。1999年10月に行われた「大阪ひまわりの会(大阪を拠点に、がん患者やその家族が交流を深める場)」の講演抄録からその一部を紹介します。


●主人が残してくれたもの


 私は熱心な仏教徒の家庭で育ちましたので、結婚してキリスト教になりました後も「復活」ということは理解できなかったのですが、(※息を引き取った直後に)主人の輝いている顔を見て「あぁ復活ってこういうことなのか」と感じました。神学的なことや専門的な解釈ではなく、「復活とは、その人を大切に思っている人の心の中で、死んだ瞬間から生きることなんだ」と思うようになりました。


 主人が生前、お年を召した方やお連れ合いを亡くされた方々のところで話していたのですが、エリザベス・キューブラー・ロスというアメリカの心理学者が臨死体験者の話をまとめた『死ぬ瞬間』という本の中で、驚くべきことにその人たちが信じている宗教に関わりなく、輝くような光の中に入っていくなど同じような体験をしているそうなのです。


 私は主人に拙い看護しかできませんでしたが、今主人に対して何も心配する事がないのです。この心配する事がないというのは、主人が残してくれたとても大切なプレゼントだと思っています。「主人は今至福のときにいるのだ」と思えることは、これからの私の生きる支えです。


 「主人のことで心配することがない」とある人に伝えたところ、「それは奥さんの希望的観測だ」と笑われてしまい、逆に、今の日本は目に見えたり触ったりできるものしか価値が見つけられないのかと、びっくりしてしまいました。そしてこれだから「十年後のために」などということは切り捨てられるのだろうと思いました。戦争中ならば、遠く離れていても心と心が通い合っており、戦地に出ている子供に異変があった時には、母親のところに心が伝わるなど魂の存在が信じられていました。しかし、戦後の教育では科学で説明できないことは否定されるようになってきました。


 私は主人から「死は終わりじゃない」というメッセージを受け取った時、同時に「大切な人を亡くして悲しんでいるのはおまえだけではない。しっかりしろ」とも言われたような気がしました。そして、この「死は終わりじゃない」ということを、家族を亡くされて悲嘆に暮れている方々に伝えることが夫の宿題だと思っています。


 人間は、常に生活の方に軸足がかかってしまいがちで、「人生とはどういうものか、死とはどういうものか」などということはなかなか考えられません。しかし魂の存在など非科学的なことと片付けずに、ちょっとは「人生とは……」「死は終わりじゃない」といったことを考えてほしいと思います。

●心あたたまる医療


 主人は医療問題にも取り組んでいました。主人が1982年に『患者からのささやかな願い』ということで活動していた頃、新聞に原稿を持ち込んで医療について掲載していただき、大きな反響がありました。当時は介護や医療などの問題は話されておらず、その反響からテレビでも扱っていただけることになりました。


 この時、『心あたたまる医療』というタイトルがつきました。病院では、すぐにできることは、すぐに改善していただけましたが、『心あたたまる医療』は、そこでストップしてしまいました。


 『心あたたまる医療』は、これからターミナル医療を受ける人が少しでもいい環境で医療が受けられるようにというのが目的で、『夫の宿題』という本の中でも医療について書いたので「医療に関する宿題はもう終わりだな」と思っていました。しかし、この本を読まれた方から多くの投書をいただき、それをリストにして考えてみました。


●投書を拝見して


 いただいた投書を、患者サイドに問題がある場合、病院側に訴えればある程度改善されるであろう問題、病院の機構や医療行政に立ち入らないとだめと思える問題の三つに分けました。


 患者サイドの問題とは、結核など以前は命に関わる病気とされていたものが、手術や薬で簡単に治せるようになってきたため、病院に対して過信しすぎていることです。


 また、検査の機械類なども進歩しましたが、それを医学の進歩と思ってしまいがちな事です。現在、80歳まで生きることが珍しいことでは、なくなりましたが、皆が80歳まで生きられるわけではありません。したがって50歳くらいを人生の折り返し地点とみなし、どのように最後の人生を迎えるか、家族で話し合われたほうがいいと思います。夫婦のあり方などは、元気なうちに話し合われたほうがいいでしょう。どちらかが倒れてからでは遅いと思います。


 次にお医者様へのお願いとして、患者の気持ちを考えて接して欲しいと思います。重篤な病気や大きな手術の説明なども簡単に行われ、家族はすぐに部屋から出されますが、繰り返し詳しく説明してあげてほしいと思います。簡単に病状を告げられて部屋から出てきたような人たちは、見ていて分かります。


 また病院間のネットワークを利用して、地方の人ならばその地方で同程度の治療のできる病院なり、先生を紹介してあげてもいいと思います。さらに、手術時には念書(※手術を受けることを承諾した同意書)などを書きますが、執刀スタッフについての情報などは知らされません。そのような情報は家族としては、少しでも詳しく知りたいものです。


 最後に、死というものを患者・家族・医者、この三つの視点から見てみると、患者は安らかに死にたいと思っているでしょうし、家族も患者の気持ちを考えて安らかに死なせてやりたいと思っていると思います。これに対して医者の立場としてはできる限りのこと(治療)をしてあげたいと思われるでしょう。


 しかし、患者としては病院で死ぬのは怖いと感じている人が多く、最期を自宅でと希望する人が大勢いらっしゃるようです。医療設備に管理されたクランケ(患者)として死を迎えるのではなく、生活感のある家で、人として最後を迎えたいと希望します。


 そのような場合、主治医は患者が家に戻ったとしても地域の医師と連絡を取り、自分ができないにしても、レジデントやインターンの若い医師などを通じて最期までのケアをしてあげてほしいと思います。

(1999年10月24日、大阪ひまわりの会での講演の一部)


☆「在家でカルカッタ修道院を作りましょう。修道女は私一人」


 もうひとつ、遠藤順子さんは『再会 夫の宿題 それから』(PHP文庫、2002年)の中で、来日したマザー・テレサが、上智大学で行った講演会でのエピソードを紹介しています。


 マザー・テレサの話に感激した学生たちが、「自分もカルカッタへ行って働きたい」と申し出たそうです。その時マザーは、その申し出に感謝しつつも、「そう言ってくださるのはありがたいけれど、おそらく日本にも日本のカルカッタがあるはずです。カルカッタまで来なくても、そのような気持ちのある方はどうか日本のカルカッタで働いてください」とおっしゃったそうです。


 マザーの志をほんのちょっぴりでも自分なりに活かしたいと思えば、まず自分にとってのカルカッタは何かと考えることだと思い至りました。皆がそれぞれの立場で「これこそ私に課せられたカルカッタだ」と思うことについて、懸命に努力をつづければいいじゃないか、在家でカルカッタ修道院を作りましょう、と思いました。


 修道女は私一人。誓いも規則も何もありません。ただ「これこそ自分にとってのカルカッタだ」と思うことのために、できる限りの努力をするということだけが唯一の規則です。

(『再会 夫の宿題 それから』145~146ページ)


 遠藤さんにとって愛する妻であり、永遠のマリア観音でもある順子夫人が、来日したマザー・テレサが語った〈いのち〉のことばに出会い、「在家でカルカッタ修道院を作りましょう」と決心した、その思いは、いま、私たちに与えられた場所で、精いっぱいできること! この私に与えられた「日本のカルカッタ」で生きること! それが、私たち遠藤ボランティアグループがめざすべきボランティア活動なのです。


❤ マザー・テレサのことば 14

愛に対する飢えの方が、パンに対する飢えを取り除くことよりも、はるかに難しいのです。The hunger for love is much more difficult to remove than the hunger for bread.


コラム 7


「心あたたかな病院」キャンペーン


 当時、私が副編集長を務めていた『わたしの健康』の1983年新年号から、「心あたたかな病院を求む」キャンペーンを開始した。その前年、讀賣新聞に寄稿したコラムを読んだ読者から、「心あたたかな病院で治療を受けた」という手紙が、遠藤さんのもとに届いた。


 とくに推薦の手紙が多かった、淀川キリスト教病院(白方誠彌院長)、東京衛生病院(林高春院長)の院長をお招きし、ホスト役の遠藤さんもまじえて、新春座談会が行われた。


 まず、3年間の入院生活を経験した遠藤さんが、医療現場は「治療するのだから、多少の苦痛や不便さはがまんすべきだ」という〈病院の日常〉に慣れきっていて、家庭や会社など〈患者の日常〉にはない恥ずかしさ、病気や死への不安な思いを、うっかり見すごしていないだろうかと、問いかけた。


 あるとき、お世話になった看護婦さん3人をお礼に招待して、レストランに向かう途中、車がネコを轢いたのを見た一人が、「キャーッ」と悲鳴を上げて顔をおおった。遠藤さんが、「あなたは手術場の看護婦さんで、血を見ても平気なはずでしょう」と聞くと、「手術場は病院で、ここは病院じゃないんですもの」と答えたという。


 つまり、日常的な神経と病院の中での神経とでは、そのときの立ち位置、役割によって感覚が異なるわけだが、〈病院の日常〉では気づかぬうちに、患者に無用の苦痛や屈辱を与えていることも、案外多いのではなかろうか。


 「入院患者の苦しみというのは、結局、孤独感です。とくに慢性病や末期の患者さんは、夜が苦しい。五時の夕食のあとは、検査もない、見舞い客もいない。じっとしているだけ。そのとき、ぐちを聞いてくれるだけのボランティアというのはできないでしょうか」


 この当時、1962年から病院ボランティアが始まった淀川キリスト教病院でも、またチャプレン(病院付き聖職者)がいる東京衛生病院でも、病院での傾聴ボランティアの養成、受け入れの検討を始めたところであった。


 たとえば、病室での身の回りの世話、車椅子での散歩を介助しながら、患者の話を聞く、それが〈傾聴〉ではないか、遠藤さんはそう考えていた。


遠藤さんの願いは、どこまでも深く、あたたかい。

(『周作クラブ』「からだ」番記者レポート(11))


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