「その時は家で 開業ナースがゆく」
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「残しておきたい7人のコラム」から、村松静子さんの「起業家ナースのつぶやき」を紹介しています。今回は「開業ナースがゆく その3」です。

vol. 13
開業ナースがゆく その3
2002-5-12
この3月、日本看護協会出版会から1冊の本が発行された。
「その時は家で 開業ナースがゆく」
この書が誕生する裏には感謝や苦悩が絡んださまざまなドラマがあった。私にとってとても重い1冊になっている。
今から数年前のこと、私は当時日本看護協会出版会に所属していた塩野貴子さんに出会う。一見目立たないようでいて、実は大きな人物であった。ハッキリした語り口調、大声で笑うしぐさ、必要な時の腰の低さ、嘘をつかない自信に溢れた目、その一つひとつの行動には意味があり説得力があった。
その後、私はその魅力に惹かれていくことになる。
彼女は私に執筆を勧めてくれた。毎年届けられる書中見舞いと年賀状に記された一言「お待ちしております」。何度か足を運んでもくれた。ところが、昨年の年賀状は違っていた。
「お原稿は未だにいただけないでおりますが、実績をみせていただいて満足することに致します。4月に定年を迎えます。」
私の心を大きく揺さぶり、執筆を決心させた一節である。
それからの私は動き出した。
日中は新組織の構築に駆け回り、早朝と夜間は、これまでの思いを精一杯込めて綴った。
彼女がその編集を託したのは若きエース岡本祐子さんであった。
「塩野のアドバイスを活かして、普段見られない先生の一面も出させていただけたらと思います。全部を通して最低5回は読み返します」
その言葉以上に、惜しむことなく行き来する。私はその真剣な眼差しと作業の緻密さに引き込まれ導かれて行った。
昨年の9月、決定したタイトルは「在宅死を看とる」。
しかし毛筆で記されたそれは、その後まもなく幻となった。
十数年間ともに歩んできた稲留佳子代表付が、毛筆で注ぎ込んでくれた真心は、今、タイトルを超えてしみ込んでいる。
そして、永六輔さんの優しさが強力な後押しとなって、温もりのあるタイトルに変身して誕生した。
「その時は家で 開業ナースがゆく」



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