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幸せとは、ともに創るものである

  • 5月9日
  • 読了時間: 3分

 「残しておきたい7人のコラム」から、村松静子さんの「起業家ナースのつぶやき」を紹介しています。今回は「ともに創る幸せ3」です。


vol.20

ともに創る幸せ3

2003-01-12

 

 

開業ナース、同志としての歩み その2


 『開業ナース』とは、プロ意識を持ち、その時代にマッチした看護機能を核とし、様々な形で独自事業を展開していく看護師のことをいいます。彼らは、常に"看護師にしかできない看護機能とは何か"を模索しています。(新体系看護学34・在宅看護論 p9,メヂカルフレンド社)


 1986年、「私の看護を買ってください」というキャッチフレーズを掲げて起業した私を、一人のジャーナリストが『開業ナース』と呼んだ。20年近い道のりの中で、さまざまな形で波紋を投げかけたその名称を、私はいつの間にか誇りに思うようになっていた。開業ナースの活動と足跡を求めてアメリカへも渡った。そして同志に出会った時のあの感動の一瞬を、私は今でも忘れられない。その同志の一人である金貞希が運転する車で、彼女の経営するナーシングホームへ足を踏み入れた私は、その状況に彼女の思いや苦悩が交錯して、身震いするほどの感動を覚えた。一見、日本の病院の大部屋を単に小さくしたように映り、ハッキリ言ってどうということはない。しかし、それまでのいきさつを知っている私にはそうは映らなかった。1階から3階までの一部屋に4~5人、皆、鼻からは栄養カテーテル、喉には気管カニューレ、そして尿留置カテーテルが挿入されている。私は思わず近寄って手を握って覚えたばかりの片言で話しかけた。「アンニョン ハセヨ」。手を握り返し、笑顔で応えてくれた。次の予定が入っており駆け足で回るよう促されながらも、私は一人ひとりと向き合い、顔を近づけて手を握った。中には自分の頬に私の手をすりつけて離そうとしない人、起き上がろうとしても起き上がれず、首を縦に振って合図しながら手を振る人もいた。'後ろ髪を引かれる思い'とはこのような状況に置かれた私の心の在りようをいうのだろう。

 金貞希は私に心の内を話してくれた。「病院から出されて、家族では看きれない人たちを看てあげるのだから、宣伝したり、わざわざ頭を下げて歩かなくても集まってくるのだから、私はそれでいいと思ってきたんです。でも村松さんは、それはおかしいと言いましたよね。その意味が今の私には少しわかってきました。他人に頭を下げることはなかなかできそうにありませんからもう少し時間がかかりそうです。こんな私ですが、いろいろ教えて下さい。韓国のこの分野は日本より5年以上遅れています。だから私は、あなたからいろいろ教わりたいんです」。


 互いに固い握手を交わした私たちは、これからも情報交流をしながら、活動していくことになるだろう。このような私たちはまさしく同志である。


 韓国には活気がある。日本にはしなやかさがある。私たちには『開業ナース』としての自負がある。


 幸せとは、ともに創るものである。

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