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遠藤先生からいただいた「宿題」

  • 3月23日
  • 読了時間: 3分

 原山建郎氏の新作『遠藤周作の「病い」と「神さま」』をお届けします。今回は、第六章の「4.20周年記念講演会を手がけた三代目代表・江頭瑞枝さん」です。

4.20周年記念講演会を手がけた三代目代表・江頭瑞枝さん


☆遠藤先生からいただいた「宿題」


 三代目の代表は江頭瑞枝さんです。「家族関係を考え、家族の力をどう高めるか」がライフワークだったという江頭さんは、不登校や引きこもりなどの援助・支援団体(公益社団法人青少年健康センター)でカウンセラーとして働きながら、1996年から遠藤ボランティアグループの代表をされていました。


 遠藤周作さんの親しい友人で、当時の文化庁長官だった河合隼雄さんを講師にお招きした20周年記念講演会、活動病院の開拓、講座の開催、グループのホームページ開設に力を尽されました。当時の会員数は100名を超えました。


 2003年、それまで顧問だった私(原山)が、四代目の代表兼顧問をつとめることになり、実質的なグループの運営は三人の副代表にお願いして、私はマスコミの取材窓口、講座(勉強会)の講師などをつとめていました。


 江頭さんは、『遠藤ボランティアグループ20年のあゆみ』のなかで、二代目代表当時の活動について、次のように書いていれます。


 遠藤グループの活動が始まって20年、私が活動に参加して15年になります。カウンセラーとしての勉強や経験が役に立てば、と思い立ったのですが、実際に初めて見るとボランティアとして患者さんに向き合うことは、カウンセラーとしての聴き方とは同じではいけない、と気付かされました。では自分にできることは何か、本当は何をしたいのか、活動しながら考え続けることになった最初の五年間でした。奥川さんとの月1回の夜のミーティング、さまざまな分野の講師を招いての勉強会、暑い夏も、寒い冬の夜も原宿フラット(東京・渋谷区原宿にあったマンションの一室。遠藤さんたちが立ち上げた日本キリスト教芸術センターの事務所。グループのミーティングの会場としても使用した)に通っていろいろ話し合ったものでした。(中略)


 中期の5年間は経験も増え、いろいろなことに取り組んだ展開期と言えます。東京衛生病院でのベッドサイド(傾聴ボランティア活動)を済ませ、そのまま車で青梅街道から山手通りを経て板橋ナーシングホームで活動。暗くなって帰宅する事もありました。当時、老人医療センターで医療ソーシャルワーカーをしておられた奥川さんに依頼されて訪問していたOさんは、中途失明のため板橋ナーシングホームで生活しておられましたが、介助して音楽会やお芝居に同行したのも懐かしい思い出です。Oさんを訪ねて板橋ナーシングホームに通っている間に、自然と玄関ホールに私を囲んでお年寄りの輪ができるようになりました。(中略)


 最近の5年間は代表としてグループの有り様を考える立場となりました。これも熟慮してと言うより、はずみで(?)引き受けたのですが、その年、遠藤先生が亡くなられて、「もう少し違った視点からボランティアの事を考えてみなさい」と先生から宿題を頂いたように思われてなりません。(中略)


 今思うことは、メンバーの一人一人が活動を通して、また各自の人生を生きる中から、社会の変化や患者さんお人間としてのニーズを感じ取り、それをグループの中でよく検討して、よりよい展開を計っていければと願っています。

(『遠藤ボランティアグループ 20年のあゆみ』6~7ページ)

 

❤ マザー・テレサのことば 7

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