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愛とは、大きな愛情をもって小さなことをすることです

  • 3月25日
  • 読了時間: 17分

 原山建郎氏の新作『遠藤周作の「病い」と「神さま」』をお届けします。今回は、第六章の『6.『病院』誌に寄稿した「ボランティアに参加したい病院」』です。

6.『病院』誌に寄稿した「ボランティアに参加したい病院」


 2004年の秋、医学書院から病院に関する医学専門誌『病院』11月号の特集「ボランティアに参加したい病院」に、遠藤ボランティアグループの活動報告も兼ねた原稿を書いてほしいと依頼がありました。


 遠藤さんの遺言――「心あたたかな病院が欲しい」という願いを、一人でも多くの医療関係者に届けたいと考え、遠藤ボランティアグループの活動報告に加えて、病院ボランティアの草分けとして知られる淀川キリスト教病院(大阪・東淀川区)、ホスピスケアのボランティア教育にとり組んでいるピースハウスホスピス病院(神奈川・足柄上郡)の取材内容も含めた原稿を書いたので、ここに再掲します

 

☆ 病院が大きく変わり始めた。


 最近実施された日本経済新聞社の主要病院調査(平成16年6月13日付日本経済新聞・医療面掲載)によると、ここ数年の間にボランティア活動を受け入れる病院の数が急増し、ベッド数200床以上の主要病院ではその約7割にも達しているという。


 これは病院、患者いずれのサイドに対しても中立な第三者機関として設立された(財)日本医療機能評価機構が行う「病院の機能評価認定」第一領域に「ボランティアを受け入れているか」の項目があり、ボランティアの受け入れ体制、オリエンテーション教育の実施、活動評価などが機能評価の対象とされたことから、にわかに病院側の関心が高まったものと考えられる。


 22年前、遠藤ボランティアグループが、いくつかの病院にボランティア活動を申し入れたとき、「ご趣旨には賛成ですが、当院ではまだ受け入れの体制が整っておりません」、つまり素人は医療の邪魔だと言わんばかりの、婉曲的な門前払いを食ったことを思い出す。それが七割の病院がボランティアを受け入れる時代になった。遅れ馳せながらも、日本における病院ボランティアの新たなキック・オフがなされたのだと信じたい。

 

 近年、顧客満足度CS(customer’s satisfaction)というマーケティング用語から、患者満足度PS(patient’s satisfaction)が生み出され、顧客をお客様と呼ぶ感覚で「患者様」という言葉が病院パンフレットなどで頻繁に使われるようになった。また、外来患者へのアンケートを実施して、その患者ニーズに応えようと努力する病院も増えてきている。


 しかし、患者は断じてお客様ではない。患者が病院側に求めているのは、買い物客がデパート店員から得たい商品知識や、宿泊客がホテル従業員に期待する接客態度ではない。心ならずも受診した、あるいは入院した病院で、患者としての不安、不快、孤独を少しでも和らげる精神(こころ)と身体(からだ)のアメニティ(快適さ)であり、それは病院(医師、看護師などの医療者)とともに患者をサポートする側に立つ、私たち病院ボランティアの活動にも求められるものなのだ。

 

☆ アメニティが病院の顔をつくる。


 医学ジャーナリストの西寺桂子さんは、60人の病院長(五十七施設)にインタビューした好著『病院が、変わり始めた』(照林社、2003年)の序章「アメニティが病院の顔をつくる」のなかで、アメニティ(快適な医療環境)への気構えのある病院を次のように評価している。


 「いつの頃からか、病院から消毒薬の臭いが消えた。無機質な白い壁もあまり見掛けなくなった。病院の玄関から待合室への空間を、ホテルのロビーのように設計した病院が増えている。掲示板の標識がカラフルに変わって、診察室や検査室への道順を、効率よく教えてくれる。堅い椅子と堅い空気の中で、緊張して順番を待った待合室の様相が、一変した。(中略)病む人たちが、快適に受診できる医療環境を整えること、そして医療を提供する側にも、気持ちよく仕事を遂行できる環境をつくること。医療の受け手と送り手の両方に健やかな環境が整えられてはじめて、良質の医療が実現する。


 アメニティへの気構えのある病院にはいくつかの共通項がある。スタッフが明るいこと。チーム医療が機能していること。ハードとともに、ソフトが充実していること。アメニティへの改善が、絶えることなく続けられていること。


 それぞれに個性的でありながら、それらの病院は、等しく、豊かな表情を持つ病院であった。病院の顔が見える病院であった」

(西寺桂子著、『病院が、変わり始めた』序章)

 

 ハードの充実というと、すぐに近代的な病院建物や最新の検査機器類を思い浮かべがちだが、たとえ古い建物や検査機器であっても「手入れが行き届いた」病院では、そこで働く医療関係者のソフト(患者対応のアメニティ)面でもまた「かゆいところに手が届く」のである。


 「鬼手仏心」という言葉があるように、医学の科学性と医療の愛他精神は、病院にとってどちらも欠かせない車の両輪である。少々長い引用になったが、さまざまな病院アメニティの詳細については、同書に紹介されている具体事例をぜひ参考にしてほしい。

 

☆ 生きる望みをとり戻した。


 昭和37(1962)年、淀川キリスト教病院に入院していた患者の病室で洗髪、パーマ、メークをした美容師の奉仕活動が、日本における病院ボランティア活動の第一ページを開く。

翌年、その経緯を取材した毎日新聞(昭和38年4月28日付記事)によれば、そのきっかけを作ったのは、産婦人科医・牧野夫佐子さん(後に日本病院ボランティア協会初代会長)である。彼女はアメリカで「病院補助看護婦(包帯巻き、おしめたたみ、洗髪など、看護婦でなくてもできる仕事を代わって引き受ける主婦ボランティア)」の実態を視察したあと、各地のPTA、婦人学級、婦人会で病院ボランティアを呼びかけたが反応はなく、病院側も主婦が看護婦の代わりなどできるはずがないと相手にしてくれない。


 ある日、牧野さんは行き付けの美容院で「どこか施設にいる人たちへパーマをかけてあげたい」と若い美容師から打ち明けられる。早速、淀川キリスト教病院にかけあい、お見舞の人もなくリウマチ性関節炎で入院中の若い患者にパーマをかけるべく、三名の美容師がハンドドライヤーを手に美容ボランティアに出向いたのである。その後、生きる望みをとり戻した患者は、機能回復訓練に耐え、ついには歩いて退院するまでに回復したという。


 その翌月には、牧野さん手書きの「淀川キリスト教病院奉仕グループの」が作成され、京阪神地区の美容師、家庭婦人、学生、ガールスカウトへの働きかけが始まる。活動内容は、赤ちゃんのおしめたたみ、リネン類の搬送、外科衛生材料の整理、配膳・食事介助、小児病棟でのお守り、一般病棟で洗髪・買い物・代筆・話し相手・歩く介助、消灯台の片付け、ベッドメークなど、月に1~2回(1~2時間)程度のボランティア活動を呼びかけている。初年度の活動者数は十八名であったが、四十三年後の現在では毎月約200名のボランティアたちが、平均1日4時間以上、1週間に1回以上の活動に参加している。

 

☆ 患者からのささやかな願い


 昭和57(1982)年、作家の遠藤周作さんが読売新聞に寄稿したエッセイ「患者からのささやかな願い」に200通あまりの反響があり、それに応える形で再び寄稿した「心あたたかな病院」での病院ボランティア希望者への呼びかけがきっかけとなって、遠藤ボランティアグループが誕生した。拙著『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫、2021年)に収載した、当時のグループ議事録の冒頭には、次のように書かれている。

 

 「昭和57年6月23日(水)午前10時。聖路加国際病院に参集したのは、次の六名であった。白須、高岡、谷口、永野、畑、小椋。


 昭和57年5月4日付の読売新聞夕刊に、遠藤周作氏の《心あたたかな病院》が掲載された。その記事で『病人の愚痴や嘆きをじっと〝聞いてあげる〟ボランティア』を呼びかけられた。それに応募した者に(遠藤氏から)返信があり、それに従って聖路加国際病院に連絡すると、リーダーを紹介された。その指示に従って集まったものである。しかし、遠藤氏と病院側との連絡が不充分で、さきの返信にあったような(適性)テストや教育も受けられないことが判明した。ボランティアの内容も当方の志すものと異なっていたので、ぜひ遠藤氏と話し合う必要があるということになり、白須が折衝することになった」

 

 思わぬ行き違いに驚いた遠藤さんは、友人のソーシャルワーカー・奥川幸子さん(現在は対人援助職トレーナー)に相談し、病院ボランティアの教育プログラムの策定、ボランティア活動を受け入てくれる病院さがしにとりかかった。医療問題の専門家である奥川さんは、ボランティア教育の講座をプログラムするとともに、当時勤務していた東京都老人医療センターをはじめ、いくつかの病院にボランティア活動の受け入れ要請に奔走。健康雑誌の編集者だった私も、取材でお世話になった東京衛生病院(林高春院長・当時)にお願いしたところ、遠藤ボランティアグループの活動を快く受け入れていただくことができた。


 その後、①年会費5000円(ボランティア保険料500円含む)の納付、②各病院にコーディネーターを置く、③講座で学びつつ活動するなどの方針が立てられ、現在では約100名のメンバーが、表に掲げる八つの施設(病院、老人ホーム)にわかれて活動している。

 

★伊藤病院(東京・渋谷区)◆活動内容=外来患者の子ども対象の託児/活動日=毎週(金)14~16時

★東京衛生病院(東京・杉並区)◆活動内容A=食事・散歩の介助、体重測定、患者の話し相手、配膳・下膳/活動日=毎週(月・金)11~13時。◆活動内容B=外来受付案内/毎週(木)9~13時。

★東京都老人医療センター(東京・板橋区) ◆活動内容=図書の貸出し・整理(「はっぴい文庫」)/活動日=第1・4(土)・第2・3(木)13時半~15時半。

★虎ノ門病院本院(東京・港区)◆活動内容A=小児科で子どもの遊び相手と食事援助/活動日=毎週(火・水)10時半~13時。◆活動内容B=外来受付案内/活動日=第1・4(金)・毎週(火)9時半~12時。

★虎ノ門病院分院(神奈川・川崎市)◆活動内容=図書の整理・分類・貸出し+患者の話し相手/活動日=第1・2・3 (金)13時半~15時半

★関東中央病院(東京・世田谷区)◆活動内容=外来患者の子ども対象の託児/活動日=毎週(月~金)9時~11時。

★板橋ナーシングホーム(東京・板橋区)◆活動内容=入所者の話し相手(特別養護老人ホーム)/活動日=第1・3(水)・第1・4(土)10時半~12時。

★東村山ナーシングホーム(東京・東村山市)◆活動内容=入所者の話し相手(特別養護老人ホーム)/活動日=第2・4(水)10時~12時。

(遠藤ボランティアグループの活動病院、2004年8月現在)

 

☆当てにする、当てにされる。


 「病院の機能評価認定」では、ボランティアは地域に開かれた活動と位置づけられている。病院は地元のボランティアを「当てにする」し、「当てにされる」ボランティアにしても地の利と時間を有効に使える。地域ボランティアとの連携は、機能評価認定の目玉とされている。



 しかし、ことはそう単純ではない。遠藤ボランティアグループには「近所の病院では活動しない」と考える人も多い。ボランティア活動中に近所の人に会う可能性が高く、患者のプライバシー侵害のおそれがあるからだ。たとえ軽い風邪での受診でも、顔見知りというだけで何かと気まずい思いが残ってしまう。そこまでは考えすぎだと言われるかもしれないが、「当てにする」病院側も、「当てにされる」ボランティア側も、何よりも優先されるべき「患者のアメニティ」への視点を忘れてはならない。


 ここで、遠藤ボランティアグループを受け入れている各病院・介護施設のコーディネーターからの活動報告に加えて、淀川キリスト教病院(大阪市東淀川区)、日野原記念ピースハウスホスピス病院(神奈川県足柄上郡中井町)への取材などを通じて、私なりに実感した「ボランティアに参加したくなる」病院の条件について考えてみたい。

 

①病院コーディネーターが機能しているか

 遠藤ボランティアグループの各コーディネーターは会員の活動日シフトを作成し、活動病院のボランティアコーディネーター(病院職員)との連携を図りつつ、活動内容の調整役をつとめている。一般的には、その病院が公募したボランティアのコーディネーター(看護職、事務職、ソーシャルワーカーなど)に兼務職員を置いているが、ボランティア活動への理解とサポートの意識によって大きく左右される。なかにはコーディネーターを置かず、ボランティアの自主組織に運営を任せる病院もあるようだが、その病院の責任の範囲があいまいで、医療事故につながるおそれがある。


 病院のコーディネーターが交代したら、活動のモチベーションが下がった、逆にやる気が出てきたなどの感想が、遠藤ボランティアグループの活動報告書にも見られる。ボランティアの現場と病院の思いをつなぐキーパーソンであり、タフネゴシエーターの役割が期待されている。

 

②オリエンテーションがなされているか

 びっくりしたのだが、公募したボランティアに活動希望日を割り振って、いきなり外来受付案内をさせるという病院があった。元患者だというボランティアは「この病院のことは何でも知っている」とばかりに、外来患者をどんどん案内して歩く。いっしょに活動をすることになった遠藤ボランティアグループのメンバーは、どこか違和感を覚えたという。満足なオリエンテーション(活動案内)もなしに、ボランティアの現場を体験させるのは無謀というほかはない。


 少なくとも、活動内容や心得を記したパンフレットは必要である。「ボランティアのおさそい」(淀川キリスト教病院)には三項目のボランティア誓約があって、病院が「当てにする」ことと、ボランティアが「当てにされる」ことが、簡潔にまとめられている。


◆私は、病院での仕事の中で見聞きしたことを、決して他へもらすことはいたしません。

◆私は、登録した上は、約束の日時をきちんと守って来院するように努力します。

◆私は、配属された部署の責任者の指示に従って、正確な仕事をすることを努めます。

 

③病院独自の教育プログラムがあるか

 淀川キリスト教病院では、年2回の募集説明会を開催しているが、現役ボランティアの体験談、各病棟(病院側)責任者のガイダンスは、42年の歴史に培われた立派な教育プログラムになっている。ホスピス病棟でのボランティアを選任するときには、一般病棟経験者のなかから病院コーディネーターとボランティア会長が推薦し、ホスピスの責任者が面接をした上で決定する。また、一般病棟などのボランティアも、車椅子・ストレッチャーの扱いを習得するために、延べ3時間程度の研修を看護助手といっしょに受けている。


 日本初の独立型ホスピスとして11年前にオープンした、日野原記念ピースハウスホスピス病院では、毎年、ボランティア講座(週1回×8日間)の受講修了者のなかから、①1年間定期的継続的に活動できる(週1回5時間以上)、②活動は交通費を含め無償である(通院可能距離内居住)、③自己の喪失や悲嘆の経験を克服している(大きな病気をしたり、親しい人を看取った直後は、まだ自分自身が癒されていない)、④病院の理念や方針を理解し、それに従う意志がある、⑤その他(健康、家族の理解、ゆとり)を聴きとる面接をした上で、同ホスピスでのボランティア(平成16年4月現在、登録者65名)を受け入れている。


 遠藤ボランティアグループでは当初より「講座で学びつつ活動する」が基本で、年会費の一部を外部講師の謝礼に当てている。新入会員は数回の講座を受講した後に、2人1組での病院ボランティアに出る。「すぐボランティアに出たいのに、なぜ講座を受けるのですか」という人には、「知恵のない善意は、患者を傷つける」ことを説明して、積極的な受講を勧めている。

 

④病院チームに受け入れられているか

 日野原記念ピースハウスホスピス病院では、日中のボランティア活動のほかに、夜間、孤独と不安になりがちな患者が眠るまでの間、ベッドサイドで話し相手を努めるナイトケアボランティア(午後5時~10時)がある。全員、ボランティア講座修了者だが、さらに年4回のアドバンス講座、看護師指導による「ケアに関する学習プログラム」も組まれている。月1回の事例研究会に参加し、必要があればボランティアも意見を述べることができる。


 同病院では、ボランティアを「ホスピスケアチームの一員であり、大切なケアの提供者である」と位置付け、その役割については、❶ホスピスケアの質を向上させる、❷経済的側面からのサポート、❸日常の風、社会の風を運ぶ、ととらえている。


 もうひとつ、病院チームの一員として「当てにされる」ためには、①約束した活動日を守る、②変更があるときは必ず事前に連絡を入れる、この2点は最低守るべきマナーである。

自分に都合のよいときだけボランティアは、だれからも「当てにされて」いない。

 

⑤だれでもできることから始められるか

 15年前、遠藤ボランティアグループが中心となって始められた「はっぴい文庫」(東京都老人医療センターの図書ボランティア)は、少し古いデータ(『はっぴい文庫十周年記念誌』)だが、年間750~1230人(利用者)、1500~2400冊(利用冊数)、平均1人2冊の図書を手にする高い利用率である。図書ボランティアのよいところは、貸出し・返却で病室を巡回する間に、患者との何気ない会話を交わせることだという。


 また、外来受付の場合も、再来機操作のアドバイス、待合室で気分の悪くなった方への声かけ、車椅子による移動の介助など、ボランティアだからこそ気を配ることができる、きめの細かい活動がある。


 しかし、だれでもできそうなことほど、むずかしいものもない。いかにすれば、患者が求める真のアメニティを瞬時にとらえ、より的確なサービスを提供できるか。23年目を迎えた遠藤ボランティアグループが、新入会員だけでなく十数年のベテラン会員もともに講座で学びつづけている理由がここにある。


参考文献

『病院が、変わり始めた』(西寺桂子著、照林社、2003年)『ボランティア40年のあゆみ』(淀川キリスト教病院ボランティア編、2001年)、『遠藤周作のあたたかな医療を考える』(遠藤周作著、読売新聞社、1986年)、『からだのメッセージを聴く』(原山建郎著、集英社、2001年)、『ピースハウスふれんず』((財)ライフ・プランニング・センター発行、2003年)、『遠藤周作先生追悼集(1996年)』・『遠藤ボランティア20年のあゆみ(2002年)』・『はっぴい文庫 十周年記念誌(1999年)』(いずれも遠藤ボランティアグループ編)

(「ボランティアに参加したい病院」、『病院』2004年11月号)


❤ マザー・テレサのことば 9

愛とは、大きな愛情をもって小さなことをすることです。(Love is doing small things with great love.)


コラム 6

患者の孤独を癒す――「病院はチャペルである」


 2019年の夏、生まれて初めての入院生活を体験した。病棟の四人部屋には、私のほかに手指や大腿骨の骨折、人工股関節の手術で治療中の患者が3人。大部屋では当然のことだが、緊急入院で運ばれてくる人、病状が落ち着いて退院する人など、ベッドの入れ替えも頻繁にある。


 これまで、私は入院中の肉親=二人称の〈病い・死〉や、親しい友人=三人称の〈病い・死〉をたくさん見舞ってきたが、今回は見舞われる側になって、初めて一人称の〈病い・死〉と向き合うことになり、〈私の人生〉を見直すための時間が与えられた。

 

 『遠藤周作のあたたかな医療を考える』(遠藤周作著、読売新聞社、一九八六年)には、医療設備の整った病院ほど、技術的な医学の拡充によって、人間的な医術が軽視されて、医学が進歩すればするほど、あたたかな人間的な医術は二の次になっていくのではないか、という不安が述べられている。

 

 私は原則として人間と人間との愛の場所であるべきだと思っています。なぜなら、そこでは人間が苦しんでいるからです。人間が死んでいくからです。私は医学が他の科学のように純粋な学問だけだとは思いません。なぜなら医学は人間の苦しみと闘う学問だからです。人間の苦しみに手を入れる学問だからです。よろしくお願いします。

(『遠藤周作のあたたかな医療を考える』39ページ)

 

 夜になると、人工透析装置の機械音が大きく聞こえる。術後の痛みに耐える呻き声がする。昼はカーテン越しに、見舞にきた友人との会話が聞こえる。友人が帰ったあとに、患者がつく深いため息の気配がした。


 いつも、昼過ぎに訪れる女性は何を話すでもなく、小さなイスに腰かけ、静かに患者を見つめている。夕方になると「じゃあ、明日ね」と帰って行く。

病いの背景には、入院している患者とその家族の人生がある。

 

 患者のそうした不安はもっともです。なぜなら重い病気を経験した者なら誰でも知っているのですが、病人とは肉体だけでなく心も傷ついているからです。病気の背後にある不安や孤独感、どうにもならぬ絶望やもがきを彼等は毎日かみしめ、技術的な検査や治療だけでなく、人間的な慰めも求めているのです。                  

  (『遠藤周作のあたたかな医療を考える』33ページ)

 

 「医者が治療のプロなら、私は患者のプロです」が口ぐせだった遠藤さんは、『最後の花時計』(遠藤周作著、文藝春秋、1997年)の中で、入院患者の不安な心理を語っている。


 病気をしたことのない人は病院とは休めるところだと勝手に信じている。


 とんでもない。入院してみればよくわかるのだが、患者は忙しいのである。


 ゆっくりベッドで眠っていられないのである。


 たえず医者や看護婦さんが入室してくる。採血、血圧測定、注射、体温測定、更にレントゲンやエコーの検査。次から次へと色々なことが行われて(私はその幾つかは不必要なのではないかと思っている)病人は眠る暇もない。

(『最後の花時計』40ページ)


 入院患者には言いたいこと、相談したいことが山ほどある。にもかかわらず多忙な医師の回診時にはそれは話せないし、多忙な看護婦の姿をみるとそれを相談もできない。そのために不安を抱いたまま次々と処置を受けなければならない。   

    (『最後の花時計』21ページ)

 

 患者の孤独と不安を癒す、心あたたかな病院を強く希った、遠藤さんの「病院はチャペルである」という言葉が、胸底にしんと響いた。

(Book Therapy no.85、『出版ニュース』2019年1月中旬号)


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