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自然な〈お迎え〉を阻むもの

  • 5月9日
  • 読了時間: 7分

 原山建郎氏の新作『遠藤周作の「病い」と「神さま」』をお届けします。今回は、第八章の『6.ナチュラル・ダイイング、自然な〈お迎え〉を阻むもの』です。

6.ナチュラル・ダイイング、自然な〈お迎え〉を阻むもの。


☆自然死(ナチュラル・ダイイング)によくみられる〈お迎え〉現象


 ナチュラル・ダイイング・プロセス(自然死に至る準備過程)について書かれた『看取り先生の遺言――がんで安らかな最期を迎えるために』(奥野修二著、文藝春秋、2013年)を読んでみました。


 遺言の主(看取り先生)である、肺がん専門医の岡部健さんは、一九九七年に在宅緩和ケアを行う岡部医院(宮城県名取市)を開設し、在宅緩和(看護)ケア医として活動していましたが、2010年に胃がんを発症し、手術を受けましたが、肝臓などへの転移が見つかりました。


 同じ年の6月、余命10カ月と告知されたあと、ノンフィクション作家・奥野修司さんによるインタビューが始まって、二年あまりのナチュラル・ダイイング・プロセスをへて、2012年9月に亡くなられました。


 在宅緩和ケア実践を通して、自然死(ナチュラル・ダイイング)によくみられる〈お迎え〉現象――死を間近にした患者がすでに亡くなった家族や親族などの〈お迎え〉を聞いた、見たと穏やかに語るようす――を目の当たりにした岡部さんは、特定の宗派にとらわれない日本版臨床宗教師の育成を提唱しました。その思いは東日本大震災直後の2011年3月に設立された「心の相談室」をへて、2012年4月、東北大学大学院文学研究科に開設された「実践宗教学寄附講座」へとつながっていきます。

 

 私たちは自然死(ナチュラル・ダイイング)を、どのようにイメージしているでしょうか?


 たとえば安らか・穏やか・静かな死、などと表現しますが、自分が大切に思う人の死期が近づくと、食べ物の嚥下(飲み込み)ができなくなり、水分を受けつけなくなり、だんだん血圧が下がってくる様子をまのあたりにして、私たち自身のこころは安らかでも、穏やかでもなくなってきます。


 たとえ1日でも半日でも長く息をしてほしい、ほんの少しでも栄養を摂らせてほしいと考えるようになり、担当医が患者のQОL(生活の質)のためにと勧める医学的な延命措置、たとえば、胃ろうの造設(腹部に開けた孔から消化管にチューブを通し固定する)やIVH(中心静脈栄養=高濃度の栄養輸液を心臓近くの太い静脈から投与して、栄養素を補給する)による栄養補給、人工呼吸器装着などに同意してしまうことが多いのです。


☆「点滴やるな、自然に見守っていろ」


 ナチュラル・ダイイング・プロセス(自然死に至る準備過程)における生理学的変化、つまりクオリティ・オブ・デス(安らかな死)へとつながる〈お迎え〉現象は、神様からのギフトだと、岡部さんは言います。

 

 患者さんが胃ろうを望むのは、死を受け止めきれない不安からである。「ちゃんとあの世に逝けるんだから、余計なことしなくて大丈夫だよ」と言われて納得できるなら、つらい思いをする胃ろうなんて望むはずがない。胃ろうは患者さんの死生観の問題と、医者の言うことは正しいという医療側への信仰が造設させてしまうのである。もっとも、患者さんが自己選択できるなら、そんなややこしいことにはならない。問題は、患者さんが自己選択できない場合である。そのとき胃ろうを造設するかどうかを判断するのは家族だから、家族の死生観が大きく影響する。

(『看取り先生の遺言』229ページ)

 

 うちの若い医者や看護師には、「点滴やるな、自然に見守っていろ」とよく言ったが、いちばん慣れなかったのは「黙って見守る」ことだったそうである。医療者は何もしないで見守るというのはとてもつらく、条件反射的に手を出したくなるようだ。私は、ナチュラル・ダイイング・プロセス、つまり自然に亡くなっていく人の状態を頭に思い描き、それをモデルにして、そこに近づけることが終末期医療のあるべき道筋ではないかと思っている。(中略)自然死というのは、本来、何もしないことであり、苦痛があるなら医療的サポートで苦痛がとれるようにしましょうということで、医療の管理下におくことではない。そうすると、重要なのは「見守り」なのである。  

(『看取り先生の遺言』191ページ)

 

 大病院のホームページには、「胃ろうは、食事が口から摂れない患者さんや体力低下を防ぐ必要のある患者さんのために有効な治療法です。高カロリーの栄養輸液を体内の中心に近い太い静脈から継続的に入れる方法です。通常の腕の細い血管の点滴とは違い、太い静脈からのため血管を刺激しないで苦痛なく必要な栄養分を補えます」と説明されていますが、そこには「点滴をせず、黙って見守る」という「見守り」の姿勢は見られません。

 

☆自然な〈お迎え〉を、〈からだ〉が生理的に準備する。


 終末期に発症しやすい誤嚥性肺炎(食物や唾液が食道ではなく呼吸するための気道に入り込んで細菌が肺に感染して起こる肺炎)、血圧低下、脱水症状……、これらはすべて自然な〈お迎え〉をからだが生理的に準備するナチュラル・ダイイング・プロセスなのだと、岡部さんはとらえています。

 

 「認知症で誤嚥性肺炎を繰り返すようになると、もう最期の時期に近いんですよ。今回は治療しますが、治らない可能性もあります。これまでご家族も頑張ってこられたし、ここで看取られる可能性は高いと思いますが、どうしてもとご希望されるのであれば、胃ろうという方法もないわけではありません」


 医療者はなぜ家族にそう説明しないのだろうか。この期に及んで、一分一秒でも生かさないと恥だと思っているのだろうか。


 「胃ろう、入れなければ死にます。入れます?」としか言わないから、家族は茫然として「入れてください」と言うしかないのである。それに加え、死を受け止める側にも、死とはどういうものであるかという価値観が崩壊しているから、胃ろうを造設してでも生かしてほしいとなるのだ。

 (『看取り先生の遺言』230ページ)

 

 死期が近づくと患者さんは食べられなくなり、水分を受け付けなくなり、血圧が下がり、嚥下ができなくなる。これがナチュラル・ダイイング・プロセスである。血圧が下がって脱水症状になり、脳循環の機能が低下した結果、「お迎え」現象が出現するようになっているのかもしれない。


 それは機能というよりも、人間の潜在意識の中に組み込まれているようにも思う。点滴をすると、脳循環が最後まで機能するから、つらくて苦しくなるのである。ところが病院では、患者さんは医療の監視下におかれ、診断行為をやらないわけにはいかない。たとえば、脳の血流障害があれば昇圧剤を入れ、アンモニア濃度が上がれば下げる薬を点滴する。食べられなくなったらIVH(中心静脈栄養)や胃ろうで栄養を補給し、飲めなくなったら点滴をする。挙句に、「お迎え」が来たら、抗せん妄剤を投与してせん妄が出ないようにするから、「お迎え」を見る自然死の条件を壊しているのである。  

 (『看取り先生の遺言』190ページ)

 

 肺がん専門医で、自らも肝臓がんを病んでいた岡部さんは、「人間の体は、どこの臓器が不全になっても苦痛が除去できるようにつくられている」として、自然な〈お迎え〉現象を次のように解説しています。

 

 たとえば、肺がんが進行するとCО2ナルコーシス(※二酸化炭素の呼吸調節系への麻酔作用)といって、血中のCО2濃度が上がって中枢神経や呼吸中枢を抑制する。炭酸ガスには麻酔作用があるから、脳内のβエンドルフィン脳内で働く神経伝達物質の一種。鎮痛効果や気分の高揚・幸福感などが得られるため、脳内麻薬とも呼ばれるを活性化させて穏やかになり、夢見がちになって苦痛なく旅立てるようになっているのである。


 肝臓が悪くなって肝不全になれば、高アンモニア血症といって(※血中の)アンモニア濃度が高くなって夢見がちになる。骨が侵されたら、やはり高カルシウム血症で夢見がちになる。これらは人が亡くなる過程の生理現象であり、死の苦痛を除去する自然のメカニズムなのだ。(中略)


 ときとして終末期の患者さんは、顔をゆがめたりしてつらそうに見えるが、実は本人たちはいい気持であの世に旅立ち始めているのである。


 CO2ナルコーシスであろうと、高カルシウムであろうと高アンモニアであろうと、人間には死ぬ前に余計な治療をしなければ、誰でも夢の世界に入って、苦痛なくあの世に旅立てるメカニズムが備わっているのである。

(『看取り先生の遺言』191~192ページ)

 

 人間は必ず死にます。つまり死亡率100パーセントの生きものなのです。かつて、免疫学者の多田富雄さんが医療にとって重要なテーマだと提言した「救死」の思想はいま、「死を自然な〈お迎え〉=自然現象ととらえる」という岡部医師の遺言として、そして在宅緩和ケアなどの現場で奮闘する、心あたたかな医療者、臨床宗教師の人々にしっかりと引き継がれています。

 

♣ エリザベス・キュブラー・ロスのことば 6

私はその時にはわかっていなかったけれど、次世代により多くのマザーテレサをうみだし、ヒットラーを少なくしていくのに貢献した経験が、私の人生のゴールをより深くしてくれた。I didn't fully realize it at the time, but the goal of my life was profoundly molded by this experience - to help produce, in the next generation, more Mother Teresas and less Hitlers.

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