ラーニングナースには応援団がいる
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「残しておきたい7人のコラム」から、村松静子さんの「起業家ナースのつぶやき」を紹介しています。今回は「ラーニングナースを位置づける」です。

vol.23
ラーニングナースを位置づける ~その2 応援団はいる~
2003-04-18
期待と不安を胸に抱きながら5名のラーニングナースが動き出した。病院や在宅で看護していた彼女たちが目指しているのは周囲が認める看護を確実にできるようになること。そしてそれを全国に広げること。うれしいことに、彼女らの応援団は多く存在している。看護を実践しながら、さまざまな形で看護を考え追求できる場を提供してくださる。
「医師と看護師が個別に契約を結ぶ時代が来ることは昔から望んでいることです。それがクリニックであっても、在宅であっても」
「どこまで、お役にたてるのかわかりませんが、こうした地域での当院のような診療所のそのままの現状をみていただくだけでも、志あるナースの方々は、何かをつかみ、思い、学んでくださるだろうと考え、お引き受けできればありがたいと思います。時期についてもいつでもと思います」
心強いドクターたちの後押しも得、彼女たちは確実に一歩を踏み出している。
1996年、看護実践の場から生まれた一冊の本「私たちの在宅看護論」は、今でも十分通用する事例が満載されている。その中に紹介されている73歳の娘のIさんは88歳になっている。「介護を受けている私でも看護を高めようとするナースの皆さんにお役に立てるのでしたら嬉しいです」と言って、その出会いの日を楽しみにしてくださっている。
73歳の娘のIさんは、98歳の母の最期を家で看とった。その旅立ちは、実に穏やかで美しいものだったという。管を通してではあったが、亡くなる前日の朝までIさんの手づくりのミキサー食を口にし、関節の拘縮も,皮膚の発赤も,特別な病的症状もない状態で眠るように逝った。とはいえ、人工呼吸と心臓マッサージは施された。Iさんが心臓マッサージをする。ひ孫が祖母の口全体をマスクで覆い、孫娘がアンビューバッグを押す。そしてそれを、Iさんの夫と孫娘の夫,さらには主治医と訪問ナースが見守る。父親が医師だった母には、家でできる最高の医療を受けさせてあげたい。それは決して過度ではない、しかし最高の医療なのである。その光景は見事なものだったという。美しい花に囲まれた母の姿を写真におさめるIさん。「母は、私を死ぬまで教育してくれました」。
後に、私は1本のテープの中の母娘の対話を耳にする機会を得た。それは死についての二人の実に明るく淡々とした語り合いであった。それから2年後、母を介護するIさんを常に見守り、「君にナイチンゲール賞をあげるよ」と、そっとささやいてくれた夫に先立たれたIさん。今では80歳代に突入し、膝や腰が思うように動かなくなったとはいえ、高齢者や介護者に頼られ、さまざまな相談を受ける日々を送っている。
(「私たちの在宅看護論」p.14-15より)



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