「ごく普通の医療を普通に行うこと」が「良い医療の質」
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「残しておきたい7人のコラム」から、安藤武士さんの「医師として、武士として」を紹介します。今回は「医療の質その2」です。

vol. 2
医療の質-その2
2002-10-04
前回のコラムでは、『医療の質』の定義が変わったという記事を目にし、新しい定義について思うところを述べた。従来は「研究・開発型の医療」を「高い医療の質」と考えていたが、現在は「ごく普通の医療を普通に行う」ことが「高い医療の質」と定義されるという。小生は、従来の定義はそのままにし、「ごく普通の医療を普通に行う」ことは「良い医療の質」としたほうがいいのではないかと提案した。これは、「研究・開発型の医療」に憧れをもって医療をしてきたことが、新しい定義に違和感を覚えるのかもしれない。
「ごく普通のことを普通に行う」ことは、難しいことと承知している。「普通のことを行う」とは、手順が出来ていることを前提にしている。そうすると、所謂「マニュアル」どおりに医療を行うことが「高い医療の質」となる。医師や医療施設に「マニュアルどおりやりなさい」それが「高い医療の質」です、となじられているようである。そのような気持ちをもちつつも「ごく普通の医療を普通に行うこと」を「良い医療の質」と定義した。
「よい」という漢字は、「良い」と「善い」がある。良質な素材、良質な機械、良い制度など「良い」には、表面的、無機質的な意味を感ずる。「善い」は、善悪、善行、善隣、親善など、本質的かつ深淵な響きをもっている。「良い医療」は医療システムが良く機能していることを、「善い医療」は善い医療人に支えられている医療のことを指しているのではないか。「ごく普通の医療を普通に行う」ことを「善い医療の質」としなかった理由は、新しい定義がマニュアルに沿って完全に行うということだけに重きをおき、医療の担い手の心の質を問題にしていないと思うからである。小生のこだわりはその点にある。ご賛同いただければ幸いである。
蛇足。「夫婦のうちの男」を「良人」とも書くことに気がついた。むきになってコラムを書いていて忘れていた。次号も、「医療の質」について述べたい。



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