「看護師」になっても「看護婦さん」
- 7月11日
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「残しておきたい7人のコラム」から、安藤武士さんの「医師として、武士として」を紹介します。今回は「看護婦さん」です。

vol.6
看護婦さん
2003-1-03
法が改正され「看護婦」が「看護師」となった。看護業務に携わっている人たちの職名が変わっただけであるが、声をだして読むと響が違う。学校の「せんせい」と「教師」くらいの違いではあるが。小生は、その違いを文字にすることはできない。
私事である。小生の生まれた年に父は医院を開業した。数人の看護婦さんが父の仕事を手伝っていた。父に遊んでもらった記憶は無い。母に背負われた記憶も無い。いつも、看護婦さんと一緒にいた。いたずらしては追いかけられ、お仕置きを受けたことも幾度となくあった。温泉に連れていってもらったことが懐かしく思いだされる。10才くらいまでそんな環境で育った。「看護師さん」であったら事情が変わっていたかもしれない。いつも勉強させられていたかもしれない。緊張してしまう。やはり、小生にとっては絶対「看護婦さん」でなければならなのである。温もりがある。
これも、私事である。昭和43年、インターンを終え母校の外科に所属し4年の研修を修了し、肺外科、血管外科、心臓外科、いわゆる胸部外科を専攻した。その頃から手術が盛んになった乳児心臓疾患が小生の臨床研究テーマとなった。日本では総てが新しいことであった。われわれ新人でも「診断」と「術後管理」の分野で力を発揮することが出来た。
小生の受け持ちの乳児がICUに収容されたときのことである。深夜から朝方まで、一度もICUからコールされない日があった。希なことであった。翌日の「夜の勤務」のときも、早朝になってもコールされなかった。気になってICUに行くと、人工呼吸器が装着された患児は泣き顔で、手足をばたつかせていた。昨晩と同じ看護婦が受け持ちであった。鎮静剤投与の指示をだした。看護婦は指示薬を輸液ラインに注入する前に、空いている手でおむつに触れた。そして、黙っておむつを替え始めた。患児は騒ぐのをすぐ止めた。おむつの交換を終えると静かになった。鎮静剤は不要になった。
小生が教える立場になったとき、呼吸管理の要点として「患児がむずがゆったら、まず、おむつに手をあてること」と指導したら、新人医師にけげんな顔をされた。後日、「学問」以前のことであることに気が付いた。現在の教科書にも載っていない乳児診療の基本を、看護婦から教えをうけた。
このコラムで、乳児心臓外科の術後管理を述べる積もりはない。看護に携わっている人について述べたいのである。おむつを替えた看護婦は、小生が配属された病棟でただ一人のママさん看護婦さんであった。着替え、清拭、おむつの取り替え、あやしかたはICUでも、日常そのもの所作であった。やはり、「看護師さん」というより、「看護婦さん」といった方がいい情景であった。呼称はどうあれ、看護に携わる人に医学的、看護学的知識が必要なことは当然であるが「温かさ」、「日常性」は欠かせない要件と思っている。余計なことを言ってしまった。小生を教育したママさん看護婦さんは、どうしているだろう。
改正された「法」に抵抗しているのではないが、毎日、「看護婦さ~ん」と大声をあげ診療をしている。呼ばれている「看護師さん」は、どう思っているのだろう。



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