「秘密漏示」に関する刑法
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「残しておきたい7人のコラム」から、安藤武士さんの「医師として、武士として」を紹介します。今回は『刑法第134条』です。

vol.13
刑法第134条
2003-7-22
「医師、薬剤師、医療品販売業者、助産師、弁護士、公証人又はこの職に在った者が、正当な理由がないのに、その業務上取扱ったことにより知り得た人の秘密を、漏らした時は、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」
これは、「秘密漏示」に関する刑法、第134条、第1項の条文である。指定職に在る者に「守秘義務」を課している。「ヒポクラテスの誓い」に『医に関すると否とにかかわらず他人の生活について秘密を守る。』という一節がある。これは、「倫理」に属することである。小生は、「守秘」は医療人にとって「法」や「倫理」以前の問題と思っていたが、「守秘」について未だ解決していない問題がある。一本の電話から話を始める。
数年前、小山内隆子さんという35歳の2児の母親から電話があった。小山内隆子さんは小生の極めて親しい知人のお子さんである。知人の名は山田貴美子さん。58歳の寡婦である。二人は親子になる。山田貴美子さんには32歳になる独身のご長男がおられる。小山内家族は、母親の家から2時間ほど離れた郊外に住んでいる。
電話は、小山内隆子さんのご主人、小山内道夫さんが脳腫瘍と診断され治療方針を決めなければならない。意見を伺いたいというものであった。小生の勤務先の病院にこられた。同僚の脳外科医に同席してもらった。
38歳のご主人、小山内道夫さんは頭痛のためCT検査を受け脳腫瘍と診断された。腫瘍は大脳半球から脳幹部に及ぶもので、手術は危険を伴う、放射線治療にも限界がある。数カ月の命と担当医から言われた。CTを見て同僚の脳外科医は唸った。保存療法がよい。いずれ意識障害が出てくるので、苦痛は伴わない。残された日は6カ月、といって席をたった。
小山内隆子さんが口を開いた。残った日を家族だけで楽しく過ごしたい。意識がなくなるのなら主人に病気を知らせたくない。お願いがある。どなたにも主人のことは話さないでいただきたい。私以外の人が知らないようにしていただきたい。ことに、母親には。一瞬、肉親に知られないことのほうが難しいと思った。「無論、どなたにも話しません。」と答えた。
小山内隆子さんの母親は、数年前亡くなられたご主人が医師で医療関係者に大勢の知り合いがおられた。小生もその一人である。娘のためなら、どんなことでもすることは容易に想像できた。母親、山田貴美子さんが知ればいずれかは娘の夫も知る事態になることは確かなことであった。
その後、幾度となく小山内隆子さんの母親にお会いする機会があった。「最近、娘夫婦が来なくなった。家を建てたのなら、呼ぶべきよね。何かあったのかしら。知らない?」と寂しそうに語りかけてきた。小生は、黙って聞くだけであった。
数カ月が過ぎた。12月25日の朝、小生宅の電話が鳴った。「道夫が、今日の未明、亡くなりました。後日、挨拶に伺います。」と、小山内隆子さんの母親からの電話であった。
その後、母親からの連絡はなかった。夫を亡くした小山内隆子さんが挨拶にこられた。顛末を話された。
ステロイド剤で頭痛はなくなり、家族4人で楽しく過ごすことができた。薬の副作用でうつ状態、糖尿病となり入院生活が断続的に続いた。そのため、主人に脳腫瘍と気がつかれなかった。クリスマスイブを自宅で過ごした。パーティーの最中、突然意識がなくなり帰らぬ人となった。
本当に幸せな半年であった。主人は勤めのときは子供たちと遊ぶ時間もなかったが、病気をしてから初めて一家団欒の生活ができた。主人も悔いはなかったと思っている。涙で語った。
葬儀はご主人の親族、関係者で済ませた。小山内隆子さんの母親、親族は参列しなかった。
娘と母親は断絶した。一年後、母親の山田貴美子さんが骨折で入院された。がんの骨転移であった。入院してからも面会謝絶をとうした。ご子息が最期を看取った。病院からのお見送りは、残されたご長男と小生だけで行った。ご長男も義兄、小山内道夫さんの病気の相談を小生が受けたことを知らなかった。重い気持ちで手伝った。
小生は当然のことをした、残される若い奥様の気持ちを優先させたと、今でも自身を納得させている。しかし、娘の夫が亡くなるまで娘に知らされずこの世を去った母親の気持ちを思うと,「守秘」が解らなくなる。「守秘」が,幸せを守り、悲劇を作った。



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