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互いに一歩ずつ近づき、一歩ずつ譲り合う

  • 2 時間前
  • 読了時間: 5分

 「残しておきたい7人のコラム」から、村松静子さんの「起業家ナースのつぶやき」を紹介しています。今回は『介護保険制度の次の手は介護予防?~今、私が思うこと』です。


vol.36

介護保険制度の次の手は介護予防?~今、私が思うこと

2004-10-18


 「どうせ助からないのなら、家へ帰りたい」「私はこの家がいい」「ここで暮らしたい」「この家で死にたい」


 それらの声を受けて、世界最高水準の高齢化率を誇るわが国は、その人らしさを支えるべく体制を模索している。高齢者保健福祉計画を数年ごとに見直すということを条件に、ゴールドプラン、新ゴールドプラン、ゴールドプラン21とその情勢に合わせて方策を掲げ、それらに基づいて推進してきた。そして、新たに「介護予防10カ年戦略」を掲げ、効果的な介護予防対策を推進しようと動き出している。やや強引な位置づけとも思える「介護予防」という不可思議な連語。それはさておき、久しぶりに、今の私の心境を語らせていただく。


 日本的ともいえる"かたくなな姿勢"が崩れたのは十年前のこと。日本にはなじまなかった規制緩和の波が上陸した。高齢福祉の市場に競争を創り出し、一方で規制を強化させていく。団塊の世代が高齢者の域に入る時期を気にかけながらも、2000年、見える形だけを追って見切り発車させたのが介護保険であった。


 その4年後、早くも予測していた事態は起こった。起こるべくして起こった介護保険財政の悪化。このままでは介護保険制度は持続できない。そんなことは最初から分かっていたはずだ。それなのに、資金が降ってくるかのように保険財政を中途半端に投入し、あっという間に底を見てしまった。「これではまずい。このままでは歳をとれない」内心そう思っているのは私だけではあるまい。


 そんな中で、介護保険制度の見直しが始まった。そして打ち出された苦肉の策が「介護予防対策」である。65歳以上の高齢者が支払う介護保険料(基準月額)の全国平均が、2006年度の次期改定で4000円を超える見通しであることが明らかになった。2003年度の改定による現行保険料から20%以上の上昇で、前回の13.1%増に比べても大幅な引き上げとなる。保険給付費が、特別養護老人ホームなどの施設サービスで年率約10%、訪問介護など在宅サービスで同約20%ずつ伸びているのがその理由だという。高齢者が重度化して要介護度の高い状態でサービスをより多く使うようになれば、介護保険の公費負担や保険料はさらに膨らむことは見逃せない事実である。


 自由の尊重、個人の選択、その人らしさを支える? とはいえ、なかなかそうは行かない。個々の事情は千差万別である。ケアマネジメントの質を個人が納得し、選択できる方法論を見出すことが重要だと、私は介護保険が制度化される以前から考えていた。その考えは今も変わらない。サービスありきでのケアマネジメントは決して有効とはいえない。土地柄とその人なりを重視するという積極的な姿勢が必要なのである。「してやる」「みてやる」はもう止めなければならない。


 人は何のために生きているのか、どんなとき頑張れるのか、何に向かって頑張れるのか、どんなとき生きようとするのか。それらの問いの中に、介護予防のヒントが隠されているように思う。また、資格をもつだけの専門職種を揃えても事態は解決しない。指導力不足の教師が増加しているこの時代、教授内容や教授法をも評価するようでなければならない。そして、肩書きや資格取得に偏った研修を増やすのではなく、職人の腕を磨くような、そんな研修の考案が必要なのではないか。


 厚生労働省は、来年の通常国会に提出予定の介護保険改正案に給付抑制対策を盛り込み、保険料の伸びを抑えたいとしている。このままでは、制度持続が難しくなる。法案では、制度のスリム化や重点化を中心にせざるを得ないというのだ。しかし、何を見直し、何を削り、何を重視し、何に目を向け、どのようにしようというのか。介護保険制度が抱える問題を解決する上でのプロセスはしっかり踏んでほしいものである。


 「家族がいないということは辛いことですね。家族がいると、遠慮なく身の回りの世話をしてもらえる。でも、人様にはそのような姿を見せるわけにはいかない。自分の語り口がゆっくりとなって、言葉がすぐに出てこなくなったりしますと、私はいやなのです。周囲の方は、笑いながら、歳をとると皆そうなるといわれるが、私はそれがたまらなくいやなのです。若い時分は楽しかった。だから、よく働きもしました。」


 「ひとりでいると気をつかわなくていいのですが、部屋の中で倒れたらどうしよう。誰もいないところで眠るように死ぬのは寂しい。やっぱり、家族のいるところで、自分で死を悟って息を引き取りたい」


 「もしかしたら、あなたに目で合図することもできないかもしれない。しかし、私の気持を察して動いてほしいのです。あなたに連絡が取れさえすれば安心だ。」


 数年前在宅で静かに逝った、一人暮らしのTさんの言葉が蘇ってくる。


 一看護師として現場に携わる一方で、一市民、一女性、そして家族の一員として歩み続けた私は、50歳代半ばを駆け上り、フッと立ち止まって、思うことがある。


 人間、"生きる気力"を保ち続けられるかどうかで、人生の歩み方が決まる。そこには日々感ずる喜怒哀楽に加え、自己の存在価値を自他共に認められることが必要である。そしてそこに不可欠なこととして"譲り合う心"の存在がある。共に社会をつくる同士として、互いに一歩ずつ近づき、一歩ずつ譲り合うことが、今、求められているように思う。



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