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「不羈」と「馴致」

  • 2 時間前
  • 読了時間: 4分

 「残しておきたい7人のコラム」から、安藤武士さんの「医師として、武士として」を紹介します。今回は『素人の教育論』です。

vol.14

素人の教育論

2003-08-14


 「不羈(ふき)」は辞書には、「物事にしばられず自由気ままなようす」、「才能が優れていておさえつけられないこと」と記されている。「奔放不羈」、「不羈の才」という用いられ方をする。「羈」は「しばりつける」という意味である。「不羈」は「奔放不羈」の意味が強いと思っている。


 小生が、田舎にいた24、5年前のことである。友人より幼犬をもらった。ディズニーの映画、「101匹わんちゃん大行進」に出てくるダルメシアンという白に黒の水玉模様の猟犬である。可愛い。次郎という名をつけた。溺愛した。50坪ほどの庭に金網をめぐらし、放し飼いにした。首輪は、散歩に行くときだけ用いた。


 次郎は、晴の日も、雨の日も、雪の日も、庭を駆け廻り育った。躾もしなかった。芸も教えなかった。幼犬のときは、幼稚園児であった子供と遊んだ。近所の人気を集めた。大きく、逞しく育った。女性や子供の手に負えなくなった。小生だけが相手にすることができた。周囲は、次郎を怖がるようになった。誰も寄りつかなくなった。「猛犬」といわれるようになった。


 次郎には、怖いものがあった。花火の音である。花火の音がすると、狂ったように庭を駆け巡り、縁の下に身を隠し震えていた。金網を食いちぎり脱出するようになった。囲いを飛び越え脱走するようになった。首輪をつけた。顔が首より小さく首輪は役に立たなかった。


 小生の勤務先に電話がはいった。家人からであった。次郎が庭から飛び出し車に跳ねられた。獣医から薬殺をすすめられた。お願いした。涙を抑えることができなかった。2年半の命であった。近くの墓地に埋葬した。書架にある次郎の写真が、当時を思い出させる。


 「馴致(じゅんち)」という言葉がある。辞書には「なれさせること」、「なじませて次第にあることに達するようにすること」とある。


 愛犬の死後、まもなく東京に転居した。ひとつがいのセキセイインコの雛を求めた。すり餌で育てた。すり餌から粟の実になり、かごの中を飛びまわるようになった。水浴びもさせた。オスの「青」が死んだ。メスの「ピー子」だけになった。一日中、さほど大きくない鳥かごの中で、楽しそうにさえずり飛びまわった。手に乗せ餌をやった。「止まり木」で回転する芸も覚えた。十数年たった。ピー子は、止まり木に止まれなくなった。目も見えなくなった。すり餌をやった。水差で水をやった。羽も閉じることができなくなった。首も支えることができなくなった。羽を広げ、首を横にし、かごの底で腹ばいになり一日を過ごした。冬の朝、冷たくなっていた。庭に葬った。


 この二題は、子供の小学校の「父兄会誌」に掲載された小生の文章を再現したものである。掲載された時は、2羽とも元気であった。「児童の教育」について小生の雑駁な考えを、身近な出来事で述べた積もりである。父兄に理解されたかどうかはわからない。


 「不羈」、「馴致」という言葉は、後年、司馬遼太郎氏の書物で知った。「不羈」のままでは現代は生きていけない。社会に「馴致」すればそれなりの世界が待っている。「なじませて次第にあることに達するようにすること」という意味であるから、「馴致」は「教育」と解しても良い。


 小生の手元に、「教育学部:人生を語れる先生こそ」と題した新聞のコラムの切り抜きがある。教育学者の渋谷教授の持論が載っている。「教育とはもともと、法律や税金と同じように、生まれてきた人間に対する不自然な強制だ」といっている。この渋谷教授の文章は、不登校や勉強嫌いの子に接する教師の考えに対するものである。教育は、「なじませる」こと、「達するようにする」ことを目的としている。必ず強制が伴う。今日、「個性を伸ばす教育」が叫ばれているが、「不羈になれ」という一方、「馴致されよ」と相反することを要求していると、小生は思っている。


 「馴致」が必要なことは理解できる。そうでなければ社会がもたない。軋轢が絶えない。「馴致」は安定を生む。「不羈」は不幸を生むが、小生は「不羈」を好む。「不羈」の人が、自らの力で「不羈の才」の人になりえる社会、環境が好きだ。「不羈の才」を生む社会、環境とはどんなものか小生には分からない。歴史は、社会の混乱期に「不羈の人」が排出ることを示している。幕末の坂本竜馬もその一人である。司馬遼太郎氏から教えられた。


 「父兄会誌」に文章を寄せてから20数年経った。小生の子供は「奔放不羈」の…、原稿の余白がなくなった。コラムを終えなければならない。「教育」は難しいことをいいたかった。

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